日本の大学や「トラジャル」で学んだ経験を観光業に生かす 国際感覚あふれる親日女性実業家が描くこの国の将来像 ミャンマー政府ホテル観光省に身を置きながら、日本の大学への留学に加え、あの「トラジャル」でも学んだ旅行業の専門家がこの国の観光業の改革に奔走する。女性支援にも力を注ぐ女性実業家の良心に感銘を受けた。
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ミャンマー在住邦人の中でも、「MGS Group」の名を耳にしたことのある方は少なくないかもしれない。正式名は「Myanmar Golden Star Co. Ltd」で、いまや食品、アルコールおよびソフトドリンク、銀行業、医療サービス、農業、天然資源、鉱業、航空業、電気通信、家電取引および流通、小売業、ホテルおよび不動産など、まさに多角的な事業を手がけているミャンマーの一大財閥グループである。
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2年連続出場のプエドーで彼女がウィンと歌った「共に作る未来」と題された曲は、昨年のプエドーのプロジェクト曲で、作曲は森崎ウィン、作詞がAh Moonだった。
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天は「美貌」と「才能」の二物を与えた。セレブご用達本格エステを開業した女医 難関のヤンゴン第一医科大学を優秀な成績で卒業した女医の夢は美容エステだった。バンコクの有名病院で研修を積んだのち、今年ご自分の高級エステを開業。セレブご用達として著名人が引きを切らない。医師ならではの的確なカウンセリングが信頼を得た。
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2015年12月に物流センターが完成し、翌年からKOSPAの本格的な低温保管事業(コールドチェーン物流)がスタートした。準備期間を入れれば今年で5年目に入るこの同社の事業は、紆余曲折ありながらも規模を拡大してきているが、やはりまだまだ気が抜けない日々が続いているという。
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外務省領事局が発表した最新のデータによると、タイで起業している日本の法人数は1783社、そこに従事する企業関係者およびその家族の数は3万1357名(日本大使館発表のデータ)と、依然としてタイ、特に首都バンコクは日系企業の海外進出の拠点として大きな役割を果たしている。ただそこには、海外で事業を行なうがゆえの問題やトラブルが山積しており、それを解消すべく日夜奮闘しているのが現地採用スタッフ、いわゆるゲンサイの人たちだ。今回座談会に参加いただいた方々は2~3年と勤務年数は少ない部類に当たるが、現地採用者の中には10年以上同一企業に従事し、駐在員とローカルスタッフの潤滑油になりながら週末は日本からの出張者のためのゴルフ接待、はたまた将来は現地法人の幹部候補、など、時に重要な役割を果たしている人もいる。今回は、そんな彼らの日常と将来像を語ってもらった。
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インド亜大陸の南東、インドからポーク海峡を隔てた場所に位置する、島国・スリランカ。その正式名をスリランカ民主社会主義共和国という。ご存知、セイロンティーの故郷として知られているこの国だが、お隣のインドや東南アジア諸国に比べて、あまり日本に馴染みのない国であることは事実。ヒンドゥーを信仰するインドと異なり、熱心な仏教国であることも知られていないし、首都はスリジャヤワルダナプラコッテという長い名前を持つ。この都市名をすんなり言える人は、よほどスリランカに詳しい人かクイズや地理に関するウンチクが好きな人に違いない。ともかく、日本人在住者が1000人に満たないこの国に魅せられ、根を下ろし、さらには会社を創業した日本人がいるという。彼らはなぜこの国を選んだのか?どんな点にビジネスチャンスを見出したのか? 日本人開拓者たちを、同国最大の都市・コロンボで取材した。
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「子供のころは歌手になりたかったんだよ。」 今や、ミャンマーのファッション業界の頂点に君臨し、”ミャンマー・ファッションビジネス界の父“とまで呼ばれるジョン・ルイン氏は、インタビューの冒頭からこう言って無邪気な笑顔を浮かべた。
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「缶詰」でおなじみの国分グループ(以下、国分)は日本を代表する食品・酒類卸売業である。創業が江戸時代の1712年というからすでに306年の歴史を有する超老舗企業である。その国分が、2013年にミャンマー進出を決断した。
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13歳で女優デビューを果した。まだ21歳の若さなのに芸歴は8年になる。早熟といってしまえばそれまでだが、祖父がアメリカ人で、白人の優性遺伝子をを受け継いでいるせいか、どことなく大人びていて、時々覗かせるキリッとした笑顔は、一流女優張りの貫禄が漂う。
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N.Y.からアジアへシフトして挑戦を続けるカリスマHair Stylist ミャンマー進出にかける熱き想いと“美”への哲学を語る
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今月号で創刊6周年を迎え、弊紙のこのコーナーにお招きしたゲストもすでに60人を超した。誠実で芯が強く、頑張り屋の多いミャンマー女性は、どの方にお話しを聞いても、非常に正直に、そして本音で胸の内を吐露してくれるので、聞き手としてはとてもありがたい。
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「戦うアイドル」としてスターになったラウェイ女子チャンピオン 生来の負けん気と才能で世界の強豪に立ち向かい頂点を目指す。 ラウェイの世界に飛び込んでわずか9か月でミャンマーでは敵なしの最強チャンプになった。日本へも2度遠征し善戦した。まだ21歳でアイドルとしても人気急上昇中だが、夢はやはり世界の頂点だ。ミャンマー女子格闘技界の逸材であることは疑う余地はない。
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帰国を拒否しこの国のためになる事業を決意 失敗をバネにミャンマーが必要とする人材事業へ
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ヤンゴンのシャン料理店「シャン・ヨー・ヤー」は、ミャンマー在住の邦人の間でもよく知られた名店である。今から7年前の2012年に開業してから、2年前にスーレースクエアー2階に、今年はヤンキン地区に3号店を、さらに年内には市内北西部のミンダマ地区に4号店を出店予定というからまさに日の出の勢いであ
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Khin Myat Myat Aung キン・ミャ・ミャ・アウンさん Teak Travel & Tours Co. Ltd. Director ミャンマー有数のチーク材輸出会社を経営していた父が突然世を去り、20代の若さで稼業を継いだ。そして見事に立て直したが、将来を見据えて旅行業に転じた。営業力抜群の妹の協力を得て、このフィールドでも会社を軌道に乗せた。その奮闘ぶりをうかがった。
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インド亜大陸の南東、インドからポーク海峡を隔てた場所に位置する、島国・スリランカ。その正式名をスリランカ民主社会主義共和国という。ご存知、セイロンティーの故郷として知られているこの国だが、お隣のインドや東南アジア諸国に比べて、あまり日本に馴染みのない国であることは事実。ヒンドゥーを信仰するインドと異なり、熱心な仏教国であることも知られていないし、首都はスリジャヤワルダナプラコッテという長い名前を持つ。この都市名をすんなり言える人は、よほどスリランカに詳しい人かクイズや地理に関するウンチクが好きな人に違いない。ともかく、日本人在住者が1000人に満たないこの国に魅せられ、根を下ろし、さらには会社を創業した日本人がいるという。彼らはなぜこの国を選んだのか?どんな点にビジネスチャンスを見出したのか? 日本人開拓者たちを、同国最大の都市・コロンボで取材した。
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政権が変わった。NLDが政権を掌握するが、友好国日本との関係に変化はあるのか。政治、経済、社会分野などの協力関係はどうなるのか。そこで、今回、在ミャンマー日本大使館公使の丸山市郎氏に、弊紙の提携紙The Voiceがインタービューした記事を転載させていただいた。
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インド亜大陸の南東、インドからポーク海峡を隔てた場所に位置する、島国・スリランカ。その正式名をスリランカ民主社会主義共和国という。ご存知、セイロンティーの故郷として知られているこの国だが、お隣のインドや東南アジア諸国に比べて、あまり日本に馴染みのない国であることは事実。ヒンドゥーを信仰するインドと異なり、熱心な仏教国であることも知られていないし、首都はスリジャヤワルダナプラコッテという長い名前を持つ。この都市名をすんなり言える人は、よほどスリランカに詳しい人かクイズや地理に関するウンチクが好きな人に違いない。ともかく、日本人在住者が1000人に満たないこの国に魅せられ、根を下ろし、さらには会社を創業した日本人がいるという。彼らはなぜこの国を選んだのか?どんな点にビジネスチャンスを見出したのか? 日本人開拓者たちを、同国最大の都市・コロンボで取材した。
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ステージで見せるパワフルなパフォーマンスと同様に、お会いしてみると実に快活、頭脳明晰な方だった。4年連続で「日緬プエドー」の出場も決まり、今、人気絶頂にあるスターシンガーだけに、ご自身の仕事ぶり、夢について大いに語って頂いた。
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一代で成功した女性実業家が起こした社会貢献事業が大反響 不幸な女性たちの自立支援のための女性専用ホステルを創設 今年、既婚者を対象にした「ミセス・コンテスト」で優勝した。40歳になっても衰えぬその美貌に比例するように、従業員100人を束ねるこの女性実業家の心も純粋で美しかった。不幸な女性支援に私財を投じて立ち上がった彼女の行動に世界のメディアが注目した。
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「南部経済回廊」でメコン諸国との関係性が増す将来性十分の管区 東南アジア最大級のSEZに日本とのパートナーシップ強化を期待 忙殺されるスケジュールの中で、大臣は快く弊紙のインタビューに応じてくれた。ネピドーでの中央政府との会議の後で、ダウェイへの帰途につく乗換え時間の合間に、ヤンゴン空港で貴重なお時間を頂戴し、当該担当大臣に「ダゥエイSEZ」やインフラ整備など管区内の動きを中心にお話を伺った。
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軍事政権時代の1988年に起きた大規模な民主化運動で大学は封鎖され、公的機関も停滞を余儀なくされた。このため、この年からミャンマーの優秀な人材が海外へ流出したといわれている。 今回紹介するハンさんもその一人だった。大きな夢と野望に燃えて大学生活を送っていだが、勉学の場を失い、矛先を海外に向けざる負えなかった。その選択肢に選んだのが日本だった。
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世界的に有名なティシュペーパー・アーティストでミャンマー出身のNataashaさんが、アラブ首長国連邦の首都ドバイで開催された「 World Art Dubai 2019」 という大きな芸術展に出展して大変な評判を呼んだという。
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「日本人によるミャンマーカレー」の商品化に成功した男 米国生活、仏門 芸術家、介護師を経てたどりついた夢
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ヤンゴン市街の渋滞緩和策の一環として、昨年、ダウンタウンのボータタウン埠頭と市街北西部のインセイン埠頭を結ぶ定期船「ウォーターバス」が就航したニュースは話題を呼んだ。わずか300Ks(約25円)の運賃で、急行なら約40分、普通なら130分間もヤンゴン川クルーズを楽しめるとあって、通勤客だけでなく観光客にも好評を博しているという。
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生まれはミャンマー西部のエャワディー管区パンタノ。我々日本人にはなじみのない地名だが、1960年代に米ソのキューバ危機回避に奔走した当時のビルマ出身の国連事務総長ウ・タント氏の生まれ故郷としてミャンマー人にはよく知られている。 今回紹介するボボテさんにとっても、彼は故郷の英雄で誇りでもあった。そしてボボテさんは、世界を相手に堂々とわたり合うウ・タント氏のように、子供のころから自分も海外へ出て活躍したいという夢をもっていた。
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ダウェーSEZ」開発が進行するにつれ、益々訪問者が増えるダウェー及びタニンダリー管区である。、今年後半には平成29年に採択された日本のODAによる26億65千万円無償支援による「ダウェー総合病院」の整備計画の入札が予定されている。
ReadMore6月に「Yangon Project Bank」の創設に尽力した管区首相のピョー・ミン・ティン氏と、5月に設立された「Myanmar Tourism Bank」頭取に就任したA1グループ会長のヤン・ウィン氏は、すでに説明の必要もないほどの影響力を持つ官民を代表するお方だ。
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ヤンゴンには、というよりミャンマーでは2つの有名なミャンマーレストラン(ビルマ料理)がある。ひとつはヤンゴン管区政府庁舎から南へ1キロばかりいった邸宅街にある「Padonmar Restaurant」で、長らくミャンマーレストラン協会の要職にあったSonnyさんがオーナーを務めるここは、どちらかというと西洋人観光客で賑わいを見せている。
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去る5月6日に、Pyay Rd のNovotel Hotel近くにオープンした「ミャンマー観光銀行」(Myanmar Tourism Bank)の開所式には、ピョー・ミン・ティンヤンゴン管区首相やオン・マウンホテル観光省大臣をはじめ、そうそうたる要人たちが列席した。
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対人恐怖症気味だった少女が、女優に挑んで人生を変えた。伝統舞踊にもジャンルを広げ、大学で専攻した建築学への修練も怠らない。
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8月31日にヤンゴンで新たな日本語学校”JKT Japanese Language School”のオープニングセレモニーが開催されました。
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1988年の民主化運動の騒乱の前後に日本に渡ったミャンマー人は多いが、2007年9月23日には僧侶を中心とする大規模デモが再びヤンゴンで発生したときも同様の現象が起こったという。
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海外で生活する日本人にとって日々の糧でもあり、また同時に楽しみでもある「食」。衣食住の中でも1日に3回、体内に摂取して健康を維持・促進するためにも「食」は大切な要素である。「水が合わない」「食べ物が好きになれない」「食事が楽しくない」などは、その国を好きになるか、疎ましく感じるかの重要な基準ではないだろうか。インドネシアでの毎日の食生活で日本人が渇望するものとして新鮮な野菜がある。農薬を使わず、獲りたての鮮度があり、安心して口にできる野菜作りに挑み続けている1人の日本人がいる。ジャカルタ南郊ボゴールなどに専用の農地と水耕栽培施設を持ち、独自の流通ルートを確立して「朝獲りの野菜」を宅配サービスでその日のうちに消費者に届けるのだ。その野菜の最大の魅力は「生食が美味しい」である。
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まず、掲載した写真をご覧いただきたい。いずれの写真もアングル、色彩、被写体の表情や動きなど、どれをとっても非常にインパクトのある秀逸な作品である。 撮影者のZarni Myo Winさんは、ミャンマーの伝統文化や人間たちの深層を撮り続ける写真家である。
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FB フォロー数約20万人という幅広いファン層を持つ人気女優 悪女、汚れ役にも挑戦、不動の地位を築いた名バイプレイヤー
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私財を投げ打ってラウェイ国際化の礎を築いた この国の若者たちに夢と感動を与えたい一心で
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医科大を卒業した研究熱心な女性が、ライフワークとする食品ビジネスで成功を掴んだ。誰もが気付かなかったミャンマーの自然食材を加工して、海外で評判を得た。アインシュタインを尊敬する学者肌の資質が、この国の食品ビジネスに新風を吹き込むか。
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2015年12月に待望の物流センターが完成し、翌年からKOSPAの本格的な低温保管事業(コールドチェーン物流)が始まった。むろん実質的な現場の陣頭指揮を執るのは岡拓哉さんだった。
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1988年のこの国の歴史に残る民主化デモ以降、海外へ向かった知識人や若い学生たちがかなり出現した。国の騒乱状態の中で将来の希望や夢を海外で見い出すため、半ば無念の思いで脱出したのだ。 この方もその一人だった。
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数々の辛酸をなめて到達した事業がついに軌道に乗る 訪緬140回、インフラの発展と共にニーズが拡大へ
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16歳でチン州から上京した少女が12年かかってついにミャンマーのトップ女優に上り詰めた。数々の挫折と屈辱を味わいながら、家族のために歯を食いしばった。アカデミー賞2度受賞は伊達ではなかった。
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今年6月あたりから始まったミャンマーのチャット通貨の暴落が止まらない。8月にはついに1ドル1,500Ksを超え、2011年の民政移管以後では最悪の下落ぶりとなった。ではその要因は一体なにかーー。また経済界はどう見ているのか。政府の対応策はあるのかなど、この状況に内外で不安視する声に向け、ビジネスの第一線で活躍する方々にお話しを伺った。
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土地選定からアフターまで自社で責任を持つ一貫体制 この国では稀有な高い意識を持つ建築業界の革命児か
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