◎今月の視点 政権が変化しても、可能性を秘めた国だという認識を忘れずに

どうやら本格的な乾季になって来た。10月は低気圧の影響で愚図ついた天気に往生したが、後半からはさわやかな秋晴れのような晴天が続くようになった。

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民主化の流れを断ち切らずに 表情の「穏やかさ」に気が緩む

どうやら本格的な乾季になって来た。10月は低気圧の影響で愚図ついた天気に往生したが、後半からはさわやかな秋晴れのような晴天が続くようになった。しかし、一転この国の社会情勢に目を向ければ、風雲急を告げる感がある。弊紙がお手元に届くころには、ミャンマーの行く末を左右するリーダーと国会議員の先生方の顔ぶれが決まる。
 どの政党やどの方が首班に指名されようとも、国民の願いや、私たち外国人の希望は同じである。せっかく育まれてきたこの民主化の流れを断ち切らずに、さらにこの国が発展していくことを期待し、その渦中に自分がいつまでも浸れたら、と祈るばかりである。
 以前、10人ほどのミャンマー人に「ミャンマーはいい国か」と、問いかけたことがある。むろん、誰一人として否定するものはいなかった。常日ごろは“アーでもない、コーでもない”と、不満や批判を口にする方々でも、この国で生まれ育った人々ならば皆、本心は国を愛
し、居心地の良さを感じているようだった。かく言う異邦人の当方にしても、お行儀の悪さや利便性やその他もろもろの理不尽なことを一切度外視して考えれば、本心から「いい国だ」と思うようになった。たとえばほんの数日間隣国へ行き、再びヤンゴン空港へ舞い戻ると、なぜかホッとして思わず気が緩んでいる自分を発見して驚いたりする。当方は取材など仕事の関係で、この40年間に世界各地、各国へ複数回出向き、居住もしていたが、通常は気が休まるどころか、異国の地を踏むと少々緊張し、身構えることが多かった。だから、母国でもないのに、ここへ戻ると緊張の糸が切れるという感情は、一体どこから来るかと、しばらく前から考えていた。当方なりの主観を申せば、それはミャンマー人の表情がじつに
「穏やか」だからかもしれない。当然、精神状態が表情に現れる場合が多いから、“心”もそうだと確信する。少なくとも、発展途上国の人々にありがちな、「隙あらば」という危険な顔ではない。街を往く人々の表情もそうだ。眉間にしわを寄せている人間など滅多に見かけない。

表面的な格差ほど不幸感はない 見栄や虚勢を張らずに済む社会

巷ではよくこの国のGDPが下から何番目で、アジア最貧国というレッテルを貼るが、それは物欲にまみれた人々の目線で、当事者たちは表面的な現象から映る格差ほど、ご自分たちを不幸だとは思っていない。むしろ村や集落や、いやそれ以上に小さい2,3家族単位のサークルで、日々幸せに暮らす術を心得ている。プライドだって想像以上に高い。冠婚葬祭や季節ごとの祭祀、あるいはチャリテイーなどへの熱意と使命感は我々日本人の比ではない。
 しかもこの国では見栄や虚勢を張る必要がない。ブランド物なんかを差し上げたところで、まず喜ばれない。気の効いたロンジーでも贈った方がよっぽど感謝される。
 そうしたギラついた物欲がないから、夜間でも安心して街を歩ける。支払い金額を間違えても、必ず正直に返却するし、タクシーに忘れ物をしても、手掛かりさえ残っていれば戻ってくる場合が多い。利害関係さえ存在しなければ、この国の市井の人々には妙な下心はない。ミャンマー人が異口同音に「いい国だ」というのは、ご自分たちの国民性を十分に熟知しているからだろう。

「穏やかさ」の源泉は宗教観から来る 本質的には大化けする可能性が

少々小難しいことを述べさせていただくが、この「穏
やかさ」の源泉は何かと突き詰めて考えれば。それは
ひと重に宗教観の相違からくるような気がしてならない。ご存知のようにこちらは上座仏教であり、日本、中国、韓国などは大乗仏教である。初期の仏教の根本分裂によって生じた上座と大乗のうち、上座系は慈悲と利他が中心であり、悟りの境地を開き、苦や煩悩の世俗から解脱することをめざす教えだ。これに対して我々の大乗の教えは、在家の修行と菩薩をとくに重視する仏教になってしまった。だから、日本の場合は戒律が緩い。ある意味では無神論であり、神や仏は万物の中に宿るという汎神論の考え方だ。窮地に陥れば「困ったときの神頼み」とか、どうにもうまくいかなかったときには「神や仏もあるもんか」という冒涜した言葉になるのは、このような宗教観から来ると想像する。しかし当然こんな思考は、この国では絶対にタブーだ。ミャンマー人は慈悲深く、功徳を積んでいると自負するからこそ、ひたすら来世での輪廻の好転を信じてやまない。だから安心しきって心が穏やかなのだと思う。
 もう一つ「穏やかさ」の原因を探れば、それは世界でも稀な食料の自給国という点だ。今年は水害に見舞われたが、通年なら年に3,4回も米が収穫でき、世界最大級の米生産国になろうとしている。黙っていてもそこら中に生えてくる空芯菜を例に出すまでもなく、野菜や果物だってあり余るほどだ。10数億の人間の食料確保に血まなこになって悪さをするアジアの某大国とは状況が違うし、少なくとも飢餓という極限にはならぬ。それが穏やかな表情にも出ている。そう考えるとミャンマーの政局が安定し、国家と国民が一体化したとき、そして電力やインフラが整備され、無尽蔵の資源が適正に処理されて来れば、この国は大化けする可能性を秘める凄い国だといわざる負えない。ご当人たちはそのことを理解しているのかどうかは疑わしいが、失礼ながら「ノー天気」そうに見えるこのお人よしのミャンマー人に、当方はすっかり魅せられてしまったことだけは確かだ。

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