◎発見|Discovery モーラミャィン Maw La Myaing

「栄華を極めたモン王朝の州都モーラミャィンを歩く」  ヤンゴン管区の隣にあるモン州の州都であるモーラミャィン(Maw La Myaing )は、国内ではヤンゴン、マンダレーを次ぐ第3位の経済都市である。歴史的にもかって栄華を極めたモン王朝の古都でもあった。お釈迦様が逝去なされる以前から存在した街で、ミャンマー伝統暦によると2500年以上の歴史を持つ由緒ある街だ。そのためお釈迦様にまつわる名所遺跡が数多く現存し、仏教的にも聖地的な意味合いを持つ、非常に縁起の良いエリアとして知られている。 

目次

モン州とモン族の歴史

もう少々歴史を紐解けば、モン族たちは10世紀ころから南部のこの地方に移り住んできたという記録がある。当時、Zin Kyaik 山の北側にあるスワンナブミ(Tha Ton)町をはじめ、57代王朝が攻めたというモーラミヤィンは、モン族の史録によれば、西暦1057年までタトン王朝に支配され、13世紀にはMottama王、16世紀にはバゴー王とタイにも攻め入れられたという記述がある。 1519年にMottama町に港町が作られ、当時のポルトガルと契約を結び、交易所を開いた。1826年2月24日には英緬戦争の停戦条約が結ばれた。しかし、条約は履行されずに、モーラミャィン 地域を含めたタニンターリー管区全体は、英国の支配下に置かれた。ちなみにこの街は1831年、1843年、1846年、1865年に、大火に見舞われ、そのたびに街の形状が少しづつ変化していった。 地理的には亜熱帯だが、海に近接し、気候は穏やかだ。街の東側を流れるタンルイン河に近接し、アンダマン海にも面してる。海と街の中間地点には離島のビルー島があるので、 丁度この島がサイクロンなどの防波堤の役目をしている。街の中央部には、小高いヤンキン山脈が連なり、自然の景観としても優雅でのどかな風景が広がっている。5~10月までは雨季で、雨量も多い。2004年にはタンルイン橋が完成し、以前は、Mottama 町とMaw La Myaingの街 を舟か筏などで往来していたが、現在は便利になった。

 余談だが、この街にはメディアが集結し、ミャンマー初の新聞が発行された。1836年に発行された 「Molmein Chronicle」 という新聞は、英語、ミャンマー語の併記だった。編集長はMr.Houseという宣教師で、その後新聞社は増え、この街がミャンマーの情報メディアの中心地のひとつとなっていった。
 今回訪ねたモーラミヤィンは、国内の港町としては第2位の規模を誇り、昔から水路などを利用して名産のチーク材、ゴム、米などを輸出してきた。他にザボン、ドリアン、マンゴスチン、ランブータンなどのフルーツの産地としても有名だ。また、バガン、ハンターワディ、インワ、タウングー、ニャウンヤンなど、ミャンマーの歴代王朝を経て存続してきたこの街は、コンバウン時代、英緬戦争終結後に長らく英国の統治下に置かれ、その影響で 英国文化の名残りがそこかしこに残されている。

モーラミャィンの見どころ

モン州の歴史や産業を理解できる博物館、Mon Culture Museum モン民族博物館
No .50, Htawai Bridge Road & Baho Road, in Mawlamyine, Mon State.
入場料 : ミャンマー人 200ks
外人 2000ks、小学生 無料
 2階建てで、モン州の主要な産業である機織、
食塩作、鍋、喫煙パイプ、黒板や鉛筆産業な
どのユニークな解説や、モン族の歴史、中でも発掘された8世紀ごろ仏像なども展示。モン族王朝のタトン時代からビルマ族のバガン時代に至る仏教の伝承の経緯などがわかり興味深い。

外国人でも修行ができる大きな瞑想センター

パーアゥトーヤ 僧院瞑想センター
Pa-Auk Tawya Monastery Meditation Centre (main)Maw La Myaing , Mon State. 
057-27853、27548
日本から連絡する場合はこちら
Myanmar Theravada Buddhist Association 担当:Ko Ye Htun,Tokyo,Japan.
(81)90-22209886
 開設されて35年画経つ。敷地は550エーカーという広大なもの。僧侶としても一般人としても修行に参加できる。ミャンマーならではの瞑想ビザは、ここの僧院でも取得できる。ビザの期限は3ヶ月で、本気で継続したい方は、僧院長の証明があれば長期滞在も可能。現在修行中の僧院生は460名。外国人250名ほどが瞑想修行をしている。日本人からの修行生は3名いる。ゴム林の中に作られた僧院では、個室が与えられている。
 ここは本院で、国内外に29件の支院がある。周囲は静寂に包まれ、私語はもちろん自由にも話すことは禁止。男性同伴でないと、女性だけで入院はできない。ヤンゴンから取材に来たことを告げると、外国人担当セクションの僧侶が丁寧に応対してくれた。

王が神を洗った由緒ある島は観光名所に Gaung (頭)Say(洗う) Kyun(島)

インワ時代から王たちがこの島の泉水で頭を洗う習慣があったという。島の広さは1エーカー程で、涼しく美しい島だ。島へはボートで行け、河面から水位が高くないが、なぜか洪水の被害には一度も会わないという。島にはパゴダもあり、水上公園みたいな憩いの場では動植物も見学できる。ただし魚釣りは禁止されている。

伝説に満ちた興味深い島  ビルーチュン 鬼島

Chaung Sone 地区といっても島の名前であり、かって鬼みたいな野獣が住んでいたという伝説があり、鬼島というの名が付けられた。合計64の村落があり、住民の大半はモン民族だ。伝統の手工業が主流で観光客で賑わっている。Ywa Lot 村には世界的に知られる喫煙パイプの創作工房がある。また、学校用の黒板は、この島のムドーン村の名産だ。

街の全景と夕日の美しさで癒されるパゴダ

Kyaik Than Lan Pagoda チャイタンランパゴダ
 モーラミャィンの景観とタンルイン河に沈む夕日を眺めるには、5時半までこのパゴダがおすすめだ。875年に建てられ、お釈迦様の聖髪が安置という伝説がある。塔内の数々の仏像も素晴らしい。11世紀のバガン王朝になっても、アノーヤター王が修復したという説もある。英国の詩人Rudyard kipling氏が残した有名な詩がある。「マンダレー」という詩で、出だしはこう始まる。
 「古い歴史を持つこのモーラミャィンの
パゴダから、怠惰そうにその海を眺める。
 その娘の想いがうかがえる。
椰子の木やその金色の大きな鐘を
伝わってきたそよ風は、
 “英国の軍隊の息子”ようで、
まるで必ずここに戻って来いと
いわんばかりの思える」
 実際に行ってみると、カメラを構えてタンルイン河に沈む夕日を撮ろうとする観光客が沢山いた。しかしなぜか人々の表情はおだやかで懐かしげに見える。あまりにも静かでのどかな光景に陶酔しているようだった。心に残るとはこういうことかも知れない。

そのほかの見どころ

モーラミャィンから8キロほど離れた「Yoe- Go 村」には、伝統の織物工房を見学できる。また、3キロ離れたムポン地区の「TaYat Gone 村」では、鍋を作る工場がある。
 他に「Yadana Bon Myint 僧院」、「マハムニパゴダ(Mahamuni pagoda)」、「ウジナパゴダ(U Zi Na pagoda)」、「ウカンティパゴダ(U Khan Ti pagoda)」などが、山々に並ぶ仏教遺跡の景観がキラキラと光輝き、壮観
だ。時計塔、統治時代の刑務所なども100年以上の歴史的建造物であり、見学の価値があるか。モーラミヤィンは早くから英国の統治下になったため、英語を流暢にしゃべる人が多い。また、英国式の学校、オフィス、教会なども目につく。1827^ 1887年の統治時代に建てられた英国式の教会が街の中心部に堂々とした姿をみせている。 モーラミャィン市場にも回ってみるとよい。ヤンゴンとタイを繋がるルートなので、同じ製品でも他の町よりは値段が安いという。夕食はタンルイン河の海岸にある水上マーケットがお勧め。夜遅くまで賑わっている。ストランドロードにあり、夜ゆっくりと寛ぐ人もよく見かける。
 交通は週に一便飛行機がある。毎日ヤンゴンからバスが運行している。時間をとって山中に通っていく鉄道ルートもお勧めしたい。港町なので船旅も出来る。モン、ビルマ、カレンの民族が多く住んでいる。
 歴史的な見どころと、現代の文明が同居するこの街は、ミャンマーでは個性的な観光地といえるだろう。

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