◎街場|街を歩く

第 29 回アーザー二ィ通り(殉教者通り)Arzarni Road

目次

ミャンマーの歴史が残るシェダゴンの周回道路

北のシュエゴンダィン通り (Shwegonedaing Rd) と南のウーダウンボ通り (U Htaung Bo Rd) を結んでいる。丁度シュエダゴンパゴダを周回する感じの通りだ。ビジネス関連施設はほとんどないが、シュエダゴンパゴダの南、東と北参道を、歴史的な建築物や、礼拝堂などが左右に点在する。またアーザー二ィ通りとシュエゴンダィン通りの角には殉教者廟や血液洗浄池(詳細P3)など有名施設もある。アーザー二ィ通りとウーダウンボ通りの角、(南参道の近く)にはマハウィザヤパゴダとハッピーワールド遊園地もある。シュエダゴンパゴダがそびえ立つ「シングッタヤの丘」には緑が多く、涼しくて散策にはお薦めだ。

Thway-Say-Kan Garden トェーセィカン公園 第1次英緬戦争で血染めの銃剣を洗った池で有名に

「シングッタヤの丘」そびえ立つシュエダゴンパゴダの北参道の目の前に小さな池がある。1824年に起きた第一英緬戦争で当時のビルマ兵たちは、シュエダゴンパゴダの北参道に駐留していた英軍に勇ましく挑んだ。彼らは特攻隊として銃剣で戦った。そして血で染まった剣をこの公薗の池で洗浄したことからThway-Say-Kanまたは血液洗浄池と呼ばれるようになった。1991年、軍政時代にヤンゴン管区省の公園と遊園地部分は改装され「Thway-Say-Kan Garden 」と命名された。彫刻家のハンティン氏は血を洗うその様子の記念銅像を作った。

ビルマ伝統楽器の専門工房 マハーヤンゴンヤダナポン ビルマ楽器製造(太鼓)

ミャンマーの伝統的音楽は、次の5つの楽器から構成されている。1)Kyay、青銅楽器2)Kyoo,弦楽器。 3) Thayae革で作った楽器 4)Lay、フルートなどの管楽器5)lekkoke、特に竹材で拍子をする。太鼓は Thayae 種の楽器である。中でもミャンマーの太鼓は、革を21枚ぐるっと張り付けた21張りの呼び方としては(Pat-Lone)、6張りの小太鼓セットは (Chauk-Lone-Pat) 、大太鼓11張りのセットなら ( Pat-ma-Gyi) のほか、伝統的な式典などに使う大太鼓1枚張り ( Si-Doh) 、長首太鼓(Shan-oh-si) といった種類がある。この工房はこうした伝統楽器を専門に扱い、オーダーすることができる。素材は様々だが、太鼓は牛皮とねむの木で作る。直径7インチから14インチまで、価格はサイズに
よって異なる。( 調律のサービスもやっている。)

幾多の歴史秘話を持つ寺院 KYI NGA KYI Pagoda チガチーパゴダ

アロンミンタヤージ王の王子サガイミンの王朝時代に、王が市内の視察でパゴダなど訪問した。そして王はガーツー丘にパゴダを建立した。オッカラパ王朝時代なって、商人兄弟がお釈迦様から貰い受けた8本の聖髪をシングッタヤの丘に供えに行く途中、このガーツー丘で休憩した。ここから「サントゥー(お釈迦様の髪)ナー(休憩)パゴダ」と命名されたという逸話 が残る。しかし英国統治時代に滅ぼされ、シュエダゴンパゴダ付近に駐留する英軍の食料補給のための屠殺場として利用され た。戦後、シッコン僧正が改装し、ケッデマヤネゥンミダという大仏を作って信仰した。 そして人々から祈願されるパゴダになったのは約30年前くらい前だ。ちなみにツティチミンドンという作家が、ディワサックという雑誌に祈願や数珠にまつわる話などを書いた後で、日曜日にはたくさんの来訪者が来るようになった。現在は僧侶12名と15人の委員によるコミッテイーが寺院の運営を行っている。

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