◎今月の視点 「宿敵にエールを贈る」いさぎよさに光明を見た

さわやかな気候である。朝晩は20度前半になり、湿度も低め。エアコン要らずの日々になってきたが、爽快な事といえば、先月の総選挙とその後の経緯もそうだった。

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選挙の経緯には賛辞を送る ダライ・ラマ法王の見識

さわやかな気候である。朝晩は20度前半になり、湿度も低め。エアコン要らずの日々になってきたが、爽快な事といえば、先月の総選挙とその後の経緯もそうだった。予想されたこととはいえ、結果的にはNLDの圧勝に終わった。
 しかし、その結末はともかく、少々驚いたのは集計結果が進んできても、不穏な動きや異議を唱える大きな行動が起きなかった点である。同時期に行われた中南米ハイチやトルコの選挙で暴動に近い状況になったことを見れば、今回の選挙に限っていえば、賛辞を送ってもいい。しかも、現大統領と国軍司令官が早々にスーチー氏に祝意を贈り、政権移譲についても言明した。本心はうかがい知れぬが、この一連の動きは、我々日本人的感覚に立ってみれば、まさに「敵にエールを送る」いさぎよい出来事に映った。
 来春からこの国の舵取りをしていくスーチーさんといえば、22年前の1993年に、ある月刊誌の取材で、チベット亡命政府の拠点があるインドのダラムサラ―でお目にかかった、ダライ・ラマ14世法王猊下(げいか)のお言葉を思い出す。
 8畳ほどの狭く、薄暗い謁見室で待つこと10分。お2人の則近を連れた猊下がドアを開けたとき、一瞬後光が射し、室内がパッと明るくなったように見えたその存在感の大きさと、瞬間的に直立不動になった自分の姿は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
 30分と限定されたインタビューは1時間余りになり、最後に当方が「今、一番心を痛めていることは何ですか」とお尋ねしたとき、猊下は間髪を入れずに「アウンサン・スーチーさんのことです」と、おっしゃつた。ご自分たちの問題はさておき、世界の不条理な現象を常に注視しておられる法王猊下の見識の広さと心の優しさには感銘したものだった。

慈悲と利他は人間本来の所有物 大きな流れは小さな行動から

法王猊下へのインタビューは、政治的な話題に触れないという1点を除けば、ほぼ制約なしの謁見だった。しかも、当然だが取材謝礼は受け取っていただけなかった。俗世界のしきたりなど猊下には通用しなかったのである。仕方なしに我々は法王宮にお布施という形をとり、せめてもの返礼とさせていただいた。
 ご存知のように、猊下の思想の原点は「慈悲と愛」である。すべての宗教が共通して説いている教えが、この“心”である。しかし、他者に対して思いやりと優しさを持つというこの“心”は、宗教の信心から生まれて来るものではなく、人間が生物学的に本来的に所有
しているものなのだとおっしゃった説話のくだりには、驚いた。これは初耳だった。だから猊下は撤底した非暴力主義を貫いている。尊敬するインド独立運動の父である故マハトマ・ガンジー師に心酔し、アジア全体を非暴力地域(アヒンサー構想)にすべく活動しているとも力説された。
 スーチーさんについていえば「どんなに大きな流れでも、きっかけはⅠ人の小さな行動から生まれる。仮にあなたが“自分には大したことはできないから”と考えたのなら、それは世界にとって大きな損失になる」と述べられた。このお言葉を思い起こすたびに、20数年前に、法王猊下はまさに今回のミャンマーの状況を見通していたのではないかと思えてくる。世俗を超越し、強烈なオーラを放っている凄い方だった。

従来の経済案件はスムーズに進む 残る課題は国民の意識改革

来春、実質的に政権を率いることになるスーチーさんの政治的手腕は、失礼ながら未知数だし、わからない。おそらく白黒の決断を迫られる時が何度もくるだろうし、泥をかぶらなければ先に進まないケースも出てくると想像する。それができるのだろうか、という一抹の不安もある。
 経済だって心配だ。せつかく日本が数々のプロジェクトをODAがらみなどで支援を開始しているのに、まさか軌道修正などはな
いだろうかという声も耳にする。しかし、
信頼のおける情報筋によれば、心配は無用だそうである。むしろ、ここへきてすべてがうまく行き出したそうだ。NLDの中には優秀な経済委員会が確立され、日本とも緊密な連携を始めた。
 したがって進行中のプロジェクトはほぼ継続されていくという。選挙の前後2か月は投資が停滞したが、これからは勢いを増すとも断言した。これまで完璧な意思疎通が困難だった案件に対して、少なくとも風穴が開いたようにスムーズに事が運ぶようになると、情報筋は語ってくれた。
それはそれで喜ばしいことだが、そうなると残るはミャンマー国民の意識改革である。どなたが国を率いていこうが、どの国でも国家が手取り足取りで面倒など見てはくれぬ。
 故J.Fケネデイ大統領の言葉ではないが 「国家が何をしてくれるかではなく、国家のために何ができるか」を考える時が来た。つまらん言い訳をしている智慧があったら、社会ルールをきちんと確立し、税金への義務意識を高め、まず一人ひとりが考え方を変えていかなければ、本当にミャンマーはよくならない。冒頭で記したダライ・ラマ法王猊下のお言葉をも今一度肝に銘じていただきたい。「大きな流れは、1人の小さな行動から生まれる」。

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