◎今月の視点 新年にあたり激動の5年間を振り返る

歳をとると月日の経つのは本当に早い。ミャンマーで早6年目の新年である。

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民政移管とともに早6年目 新鮮だった初来緬の印象

歳をとると月日の経つのは本当に早い。ミャンマーで早6年目の新年である。気候はさわやかだが、日中は30度近くになり、さすがにおと蘇気分には浸れない。
 この5年間にミャンマーは大きく変革したが、2011年の初頭にこの国へ初めてやってきてから、現テイン・セイン政権が推進した民政移管の動向を目の当たりにしながら、ミャンマーの変遷を体感できたことは幸運だった。
 来た当初は特に確固たる目的があったわけではない。不遇だったスーチーさんのことはもちろん念頭にあったが、この国が輩出した故ウ・タントという60年代の国連事務総長の名がやけに記憶に残っていた。
 彼は当時米国とキュ―バ間で起きた紛争の解決に当たり、名総長と言われた人物であった。第三次世界大戦の恐れもあった重大な局面の回避に当たったウ・タントの母国ビルマとは、いかなる国なのかという関心があった。
 当時は現在のような激しい交通渋滞もなく、
大型複合施設やホテル建設も皆無だった。だから空港からダウンタウンに来る道すがら、まだ沿道を埋め尽くしていた圧倒されるような緑の大木が気持ちよさそうに風に揺らめき、その周囲の湖畔では、家族連れや若者たちが無邪気に談笑している光景を目撃し、一発でこの国の虜になってしまった。

当初は半信半疑だった民主化 メディア検閲廃止で本気度が

民政移管が始まったとはいえ、失礼ながら当方はまだ半信半疑だった。ことにメディアへの規制は根強く残り、初めて取得した観光ビザ申請の時も、当方がメディアの人間だとわかると、反政府的な行動や言動を慎むという念書の提出を要求されたほどだ。今回政権を担うことになったNLD本部付近には、常にイヤホンをつけたそれらしき人々が様子をうかがい、さりげなくシャッターを押していた。
 この当時のことを思い出すと、2年後の2013年4月に現大統領がメディアへの検閲を廃止するという法案にサインしたと聞いても、まだ懐疑的な気分でいた。しかし、間髪を入れずにその1年前から温めていた「Yangon
Press」発行の申請許可を、ダメ元覚悟で情報通信省に提出したら、意外にも10日余りで許可が下りたので、「大統領は本気だ」と思うようになった。
 それが確信に変わったのは、弊紙がこの1面
で時としてかなり辛辣な記事を書いた場合でも、この2年9か月の間、情報通信省に毎号弊紙をお届けしているにも関わらず、一度たりともクレームやお咎(とが)めの通達がなかったからでもある。現在、カリスマ性のあるスーチーさんの人気ばかりが前面に出て、現大統領の存在感が薄くなってきているが、冷静に考えると、世界があっと驚いたミャンマーの変節の礎(いしづえ)を築いたのは、現政権であることは疑う余地はない。しかも選挙の大勢が判明すると、大方の予想に反して、いとも簡単に政権移譲を口にした。これはミャンマーの歴史に刻まれるべき出来事だった。
 他にあえて類似のケースを探すとすれば、1989年にチェコスロバキア(現チェコ)の市民リーダーだったハヴェル(のちに大統領就任)が、数十万の民衆を率いて旧ソ連の支援を受けた政府を無血で崩壊させた、俗に 「ビロード革命」と呼ばれる政権交代劇を思い浮かべる。

NLD政権で透明度は増すか ひとつの事業で3年の辛抱を

「石橋を叩いても渡らない」と揶揄されてきた日本企業だが、選挙結果から続く一連の経緯を見て、やっと重い腰を上げ始めた。視察や進出準備で来緬する邦人数が増えた。今年はさらに過熱するという。
 弊紙の提携紙である The Voiceが、昨年暮れに在ミャンマー日本大使館公使の丸山市郎氏にインタビューした記事を、今回ご本人の許可を得て転載させていただいたが(P20参照)、丸山氏はNLD新政権に対して「何も心配ない」とまで言い切っている。
 外務省、いや日本人の中でもビルマ語に堪
能、精通した数少ない方で、しかもスーチー
さんとも太いパイプを持つ公使のお言葉だ
けに、それだけの根拠や情報に基づいた発言だと推察する。
そうなると、進出企業や計画中の会社は、新政府が率いるこの国とどう向き合えばよいのか。ライフラインや経済、社会的インフラの向上は、どなたがリーダーになっても予算と時間が必要だが、少なくとも許認可の透明性は増し、構造的な癒着体質は少しづつ改善されていくのではないかと、期待する。
 しかし、この国でビジネスを構築し、成功へ導くには一筋縄ではいかない。法律論で白黒のジャッジをつけることが慣習化されていないし、登記簿などの公的文書もかなり甘い。だからすべて日本式にきっちり事を運ぶことを考えると、まずうまく行かない。
 焦りも禁物だ。一度、一つの事業を始めたら、3年くらいのスパンで辛抱強く続ける覚悟が必要だ。日本人、ミャンマー人を問わず、パートナーや付き合う人間をよく見極めることも大切だ。そして、これが最も重要だが、人任せの経営は絶対にうまく行かない。
 今、ミャンマーで事業を軌道に乗せている事業家たちは、飲食店に限らずほかの業種でも、オーナー自ら陣頭指揮に立って経営にあたっているケースがほとんどだ。日々いら立つことも多いが、この国のために何かをしてあげたいという心と行動をまず示せば、ミャンマー人は胸襟を開いてくれる。

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