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日本にとっても感慨深いメモリアルトリップ 開設された「泰緬鉄道」記念博物館を歩く

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     ミャンマー独立記念日の1月4日に、東部モン州のタンビュザヤで「泰緬鉄道」記念博物館がオープンした。元日本兵の参加もあり、記念式典は盛大に行われた。これまで草薮の中に半ば放置されていた当時の機関車の設置場所に博物館は建設された。壁に書かれた機関車の絵が素晴らしい。作者の画家Htet Lwin氏にもお話をうかがえた。

     「泰緬鉄道」とは太平洋戦争最中の1942年秋から1年を要して日本軍鉄道隊が建設したいわくつきの鉄道である。タイのバンポン駅からタンビュザヤ駅まで約415kmの距離を、ミャンマー側はパヤトンズ(three pagoda)から105kmをタンビュザヤまで建設した。道中は山岳地帯と河を縫う風光明媚な景観が続くが、建設工事は難航した。歴史に興味のある方は、吉川利治著の泰緬鉄道を参照されたい。
     昨年、ミャンマー領内ではアナクインまで許可なしで旅行することが出来た。タイ側は 「three pagoda」まで行く事ができる。ホテルもある。

    「泰緬鉄道」は建設工事に徴用された連合国軍の捕虜やアジアの労働者から多数の死者を出したため、「死の鉄道」 (Death rail way)と呼ばれている。今回の博物館の名称も「THE DEATH RAILWAY MUSEUM」と命名され、記念碑にも 「DEATH RAILWAY」と刻印された。しかし我々日本人にとっては「泰緬鉄道」の方が穏やかで日本人にはしっくりくる。

     一方、反対側のタイのカンチャナブリにあるクワイ河陸橋には、現在多くの欧米人観光客が訪れているが、日本人は少ない。ここは観光地化を計り、欧米人の来訪を促すためには「死の鉄道」といったショキングなネーミングの方が関心を呼ぶのかもしれない。博物館へ足を運ぶと、まず壁面に描かれた機関車の絵が目に入る。お話しをうかがった画家のHTET LWINによれば、壁を突き破りやぶり現れる機関車は、新時代を迎えたことをイメージしたそうだ。二度と戦争を起こさないという彼の強いメッセージだった。素晴らしい絵である。

     式典のために機関車が整備されていた。この車体番号をみると、C0522となっていた。資料によると、日本軍鉄道隊は90両の機関車を、この鉄道のために送り込んだという。そして初めて走った機関車が、現在靖国神社に奉納されている。
     靖国神社に奉納されている「C5631機関車保存会」の方に問い合わせたところ、C0522は戦後ミャンマー国内で走らせるには、ミャンマーの鉄道番号にしなければならなかった。日本軍鉄道隊のよって持ち込まれたこの機関車の番号は「C5656」であった。
    昨年は戦争終結70年であった。
     ヤンゴンからタンビュザヤまでの旅は、アウンミンガラバスターミナルから出るバスがいい。15000ks(約1500円)ほどで行けるが、旅行情報が乏しく、少し旅慣れないと個人で行くには難しいかもしれない。最後になるが、新政権が観光業に力を入れるのであれば、公共バスおよびバスターミナルなどの英語表記を増やし、旅の情報開示をさらに進めていただきたい。

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