◎第30回 旅│テリー先生ヤンゴン滞在記

 「チン州への旅――バスで27時間の州都ハッカーへ」

目次

    この旅のきっかけはJMACE(日本ミャンマー文化経済交流協会)から、2011年の東日本大震災の被害者用仮設住宅が撤去されるので、昨年洪水被害に遭ったチン州へ寄付できないか?という相談を受けたことから始まる。
     ミャンマーの北西部のチン州は人口約50万人、90%以上がキリスト教徒と言われている。しかしなにしろ、ミャンマーでも辺境に数えられる地であり、ここへ行く手がかりを探さねばならなかった。
     ところががそれは思いもかえぬところから芽生えた。ヤンゴンの我が家から自転車で約30分の距離に韓国料理店があり、オーナーはキリスト教徒だったので、彼にチン州のキリスト教徒を知らないかと聞くと、友人がミンガラドンでキリスト教の学校を開いているから紹介すると言われ、学長とその日の夕食を共にする事ができた。そこでJMACEの仮設住宅寄付の話をすると、偶然にも学長の姪が結婚式なので一緒に来ないかと誘われた。何か、神が導いてくれたのかと思った。

    チンの州都ハッカーまでヤンゴンから直行便があるという。直行と言っても空港はないからもちろんバス便だ。昼の1時に出るバスの切符を手配してくれた。身内や生徒の総
    勢5名である。Hakhaまでの切符、マンダレーまでと書かれているが、ハッカーまで行った。 
     バスのエアコンが壊れたので出発が遅れると連絡が入り、結局出発は夜の8時を回ったころになった。24人乗りの日産ディーゼルのバスで、通路には荷物が置かれ、荷物の上を歩いて中程の席に着く。マンダレーを過ぎ、エヤワディー河を渡ったころに夜が開けて来た、ここから西は初めての旅だ。「シートベルトをしましょう」というステッカーが貼ってあるのがホッとする。
     夕刻にチン州の山麓にあるGangawに着く。ここからが標高1,800mのチン州Hakhaまでの山登りとなる。道中、仮設住宅を運ぶ大型トラックの通行が可能かどうかをまず調査する事が任務である。  
     大型トラックの通行は確認できたが、道路は建設重機の作業でしばしば待たされる、突貫工事が深夜まで続いている。雨期までに道路拡張工事が進むのか気になる。未明の1時半にハッカーのゲストハウスに着いた。約27時間のバスの旅であった。自分の体力をほめてあげたい気分になった。
    朝8時に災害現場を見に行く。ハッカーの標高は約1,800m。砂岩で出来た山の尾根に約3万人あまりの人々が暮らしている。

    まず始めに視界に入ってきたのは、バスの終点にある広いサッカー場だ。昔は立派な観客席があったと思われる数千人は座れる木製の椅子が壊れて、立ち入ると危険な状態である。地元の人に聞くと10年間は使われていないという。マラソンの高地トレーニングには最適なグランドである。日本の援助で修復できないかと思う。
     次に目にした光景は、教会が地滑りで崩れて、立ち入ることが出来ない建物である。砂岩の山で出来ている土を切り崩して土地を広げ、その上に教会を作ったため土台がもろく、大雨で地割れが出来て建物が崩壊したことは明らかだ。
     昨年の8月に2週間、豪雨が続いたという。地球温暖化の影響なのか、異常気象であることには間違いない。

    ハッカーの街は砂岩の山に囲まれている。山の頂上はミャンマーの軍隊が駐屯しているので、行く事はできなかった。山肌の土石流は今年の雨期にも発生すると思われる。別の峰にチン州政府が木造の家を数百軒建て、人々が住んでいるというので行ってみた。 中心地から歩いて30分はかかると思われる松林の中にある。隙間だらけの板の壁から光と冷たい風が吹き込む部屋で医者が子供を診療していた。
     街の外れには、ビニールで出来た仮設住宅があり、多くの人が住んでいる。やはり、街から外れたところには移住したくないのであろう。 看板によるとCarsonキャンプで191家族、732人が元サッカー場の場所にビニールの仮設住宅で暮らしている。避難生活に慣れたのか、悲壮感が感じられなかったのがせめてもの救いだった。しかし6月にはまた雨期の季節がやって来る。
     土石流の多発地帯で、何とか日本の技術援助が出来ないものか。昨年の洪水災害から8か月になろうとしているのに、いまだ困窮者は存在する。仮設住宅をこの山間部まで運べるか、いろいろと考えさせられた旅であった。
     次回は、更に、山の中へ。「南のシルクロード」インド国境までの旅を紹介したい。


    <テリー先生>
    本名 宮川照男。1949年平塚市生まれ。早大理工学部卒業後、山武ハネ
    ウエル(株)入社。1988から1992年、同社米国駐在所長を経て独立。
    野菜工場設備会社(有)アイエスエス設立。スプラウト栽培を日本に紹介、普及させる。その後、東海大学湘南キャンパス、チャレンジセンター特任職員として「ものつくり」「環境キャラバン隊」などを指導。2013年5月より、ヤンゴンにて農業視察、調査を開始。Yezin Agricultural 大学の学長らと、ミャンマー農業支援について討議を重ね、現在、同大学とヤンゴンのElephant Seed 会社と種子生産についての技術提携を計画中。小型飛行機操縦士免許取得。teruomiyagawa@gmail.com

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