◎第31回 旅│テリー先生ヤンゴン滞在記

「チン州の旅——南シルクロードへの道—その1」

目次

     昨年9月に2週間連続の大雨が降ってチン州に大きな被害をもたらした。
     その被害状況、特に道路の状況を見るためにチン州を初めて訪れた。
     料理屋のおばさんにチン州に行くと言うと、あそこは花が沢山咲いている。写真を撮って来てと、嬉しい事を頼まれた。ネットで調べるとシャクナゲの花が沢山咲いているらしい。期待が高まった。
     土石流被害に見舞われたチンの州都Hakhaからバスでインド国境に近いTangtalanまで行く。約5時間ほどだ。道は良いとはいえない。しかしとにかく表現は難しいが、車が何とか走れる状態になっている。
    TangtalanはNLDの新副大統領U Henry Vanhteeu氏の生まれ故郷である。山頂にできた町だが、かなりの家が立ち並んで
    いる。ゲストハウスが1軒ありここに一泊宿をとることにした。 この町には友人の親戚の家があり、お茶をご馳走になった。庭には花畑、野菜やブドウ棚、蜂の巣、鶏などが飼育され、自給自足の生活が充実している様子がわかる。

     翌朝 インドの国境近くの村Lunglerに向かう。友人の姪の結婚式に出席するのが目的である。バスは無く、オートバイの後部座席に約4時間余りしがみつく。 村人が村の入り口で迎えてくれた。花のレイを首にかけてくれ,感激の出迎えであった。
     この村にはホテルもゲストハウスも無いので、友人の実家に泊まらせてもらうことにした。トイレは屋外である。昔、子供の頃に母親の実家である福島県三春町での滞在を思い出す。この村の総人口は約200名。殆どの
    人がキリスト教徒である。日曜日には教会でミサがあり、皆、着飾って出席する。
     友人の姪の結婚式が教会で行われた。披露宴は牛を3頭、豚が3匹、見事にさばいて
    供される。子供たちも周りで静かに見守ていたが、解体が終わると取り出した心臓部分などを笑顔でもらい受ける。
     余すところなく解体した肉はすぐに火にかける。村人が総出で作業を行っている。真っ赤な血が飛び散る、着ているシャツも手も真っ赤に染まっている。子供の頃から見ている光景なのであろう。当方は唖然としているほかには何もできない。

     この村に日本人が来た事は無い。私が初めてである。何でも良いから話をしてくれと言われたので、この地に育っている桜の木、桑の木を利用して経済発展に繋がる方法として、日本の農業の6次産業政策を紹介した。
     1次産業の農業、林業から2次産業の加工、工業化そして3次産業の観光、サービス業への展開を紹介した。
     この村の祖先はヒマラヤ地域にあるという。中国のチン王朝が侵略してきたので、争いを避けてこの地に来たという。ミゾラムという国を作ったがミャンマーの独立で、インドとミャンマーの国に分かれてしまったと聞いた。Tiao川が国境である。乾季で水深は膝までの所がある。歩いてインド側へ渡った。ロバが砂を背にして運んでいる、太古の昔からの道なのであろう。南のシルクロードなのかもしれない。
     ミゾラムという国が、ミャンマーの独立で川を隔ててインド側とミャンマー側に分かれてしまった、しかし紛争も無い、世界から忘れられた地域である。ミャンマーで最も貧しいチン州出身の副大統領が生まれた。この国は130を超える少数民族からできている。従来の軍事政権の中央至上主義から地方の事情に合わせた政策が生まれることを期待したい。

    <テリー先生>
    本名 宮川照男。1949年平塚市生まれ。早大理工学部卒業後、山武ハネ
    ウエル(株)入社。1988から1992年、同社米国駐在所長を経て独立。
    野菜工場設備会社(有)アイエスエス設立。スプラウト栽培を日本に紹介、普及させる。その後、東海大学湘南キャンパス、チャレンジセンター特任職員として「ものつくり」「環境キャラバン隊」などを指導。2013年5月より、ヤンゴンにて農業視察、調査を開始。Yezin Agricultural 大学の学長らと、ミャンマー農業支援について討議を重ね、現在、同大学とヤンゴンのElephant Seed 会社と種子生産についての技術提携を計画中。小型飛行機操縦士免許取得。teruomiyagawa@gmail.com

    Tags
    Show More