◎新春 特集 「ミャンマー・スポーツの話題」 ついに本場のリングで日本人が1RKO勝ちでチャンプに 国際化が進む伝統格闘技「ラウェイ」で日本人選手が大健闘

 昨年12月に行われた史上最強の国際マッチで日本人選手が頭角を表した。これまでローカル競技といわれた「ラウェイ」に各国選手も参加。日本とミャンマーでほぼ月1回は開催されるほどのメジャーなスポーツになってきた。

 ミャンマー・ラウェイでファイトすることを心に決め、本場のリングに上がることを夢見ていた日本の2人の若い格闘技ファイターが壮絶なパフォーマンスを見せてくれた。  昨年12月10日、ヤンゴンのテインピュー・スタジアムで行われた「KBZ航空ゴールデンベルトチャンピオンシップ」で、最初に出場した21歳の金子大輝選手が、昨年の王者テッ・アウン・ウー選手を1R KOで下し、念願のチャンピオンベルトを手にした。  試合は開始早々、金子のストレートが見事に決まりダウン、テッ選手はかろうじてファイティングポーズをとったが目はうつろ。後半、再び金子の強烈なストレートで、ついにマットに沈んだ。  その時、会場も金子自身も一瞬何が起きたのかわからないというような雰囲気になり、特に場内のミャンマー人観客からは「まさか、日本人が、、、、」という驚きにも似たざわめきが起こった。金子選手もコーナーで呆然とした表情で立ち尽くし、しばらくして勝者と確信したときには目から涙があふれていた。  ラウェイのキャリア数戦の若い日本人選手という金子に対して、相手のテッ選手の多少の油断もあったかもしれないが、それにしてもこの日7ゲームが行われた試合では、最上位にランクされる見事な試合であった。  2番目に登場した渡慶次(とけし)幸平選手は29歳という年齢から格闘技界ではキャリアも豊富だった。しかしラウェイでは数戦のキャリアでどうなるか不安視されたが、1R, 出合い頭に対戦相手のソー・ミン・アウン選手のカウンターが見事に決まりダウン。目はうつろで万事休すかと思われたが、リングサイドで招聘プロモーターの中村祥之氏が「お前はこれで飯を食っていくんだろ、立て!」と懸命の激を飛ばすと、渡慶次はやわら立ち上がり、ファイテイングポーズをとったがゴングに救われた。  しかし、その後、渡慶次は本領を発揮しだした。3R得意のバックブローで今度は相手をマットに沈めた。不意をつかれたソー選手は、もんどりうつ形で倒れた。会場から大きなどよめきが起きた。逆転勝利かと思われてたが、以後はやや決め手に欠けて、結果的には試合はドローに終わった。  翌日、主催者の「Myanmar Media Group」のU Wunna氏が日本レストラン「城」で、慰労を兼ねた打ち上げパーテイーを開いてくれた。満面の笑みをたたえて祝福に応える金子とは対照的に、渡慶次は終始無言で、出された料理には一口も箸をつけない。  どうしたのかと、それほどまだ落ち込んでいるのかと、周囲も心配していると、実は彼には「減量」というもう一つの戦いがあった。  実はこの大会の前、11月に日本で行われた『LETHWEI GP JAPAN 2017』の第4試合に出場した渡慶次は契約体重を守れなかったのだ。しかし対戦相手のヤン・ナイ・アウン選手サイドが渡慶次の契約体重変更の申し出を受け入れ、試合は成立した。しかし渡慶次はプロとしてはあるまじき出場契約違反を犯し、ファイトマネー70%の減額という厳しいぺナルティ―を課せられた。  沖縄から18歳で上京し、格闘技界からこのミャンマー・ラウェイに心機一転をはかった時だった。妻子もいる。負けられない一戦だった。それがリングの上ではない不覚。悩み悔やんだが、気を取り直し、このヤンゴン大会で再起を誓ったのだ。  「最初のダウンはうまくカウンターを入れられました。バックブローは得意技ではないがある程度通用する自信は付きました。今は体重をキープすることです」と、弊紙のインタビューにこうコメントしたが、最後にこれで引き下がるわけにはいかぬ、と力強い目を見せた。  一方の金子は、「苦労は多かったですが、諦めずにやってきてよかったと思います」と勝利をかみしめながらも、「応援していただいた皆さんにただ感謝です。でもこれからが大変です。ベルトを守り続けられるように頑張ります」と謙虚に語ってくれた。  ご両人とも再び本場ミャンマーのリングに戻ってくるという。日本人の参戦でますます目が離せなくなったラウェイである。 また、この大会にはラウェイ史上最強と言われたトゥン・トゥン・ミン選手を昨年4月にKOしてヘビー級の新チャンプになったカナダのDレダック選手の参戦や、現在のミャンマーラウエイ界を牽引するピャン・トゥエ(ミャンマー/第1回LWC67㎏、第2回LWC68㎏王者、ゴールドベルト2015年71㎏王者 ラウェイ無敗)vs.ソーゴー・ムード(ミャンマー/第1回LWC72kg王者)の最強チャンプ同士の対戦も組まれた。両者は過去に3度対戦しており、昨年10月の試合ではピャン・トゥェが3RKO勝ちしているほかは引分で、今回も激しい攻防の末ドローとなった。  ミャンマー・ラウェイは現在日本でも定期的に大会が組まれており、ミャンマー国内と合わせれば、ほぼ1か月に1回の割合で日緬両国で開催されるようになった。  競技人口も世界20か国近くになり、文字通り急速に国際的なプロ格闘技へと変貌を遂げようとしている。娯楽の少ないミャンマーにとって、若者を、そして大衆を引き付けるかっての日本のプロレスブームになる可能性も秘めている。

Tags
Show More