◎第38回 旅│テリー先生の滞在記

ヤンゴンからバンコクへ約600㌔のバス旅 その -1「タイ国との国境の町で」

目次

    カイン州ミヤワディとタイ国のメソットが東西経済回廊の拠点である。今回はヤンゴンのアオミンガラバスターミナルからバンコクまでバスで行くことにした。まずはミヤワディの手前の街、コーカレイに友人がいるので、コーカレイまでバスの切符を買った。7000Ksである。
    朝の8時にパアン経由のコーカレイ行きのバスで出発して、午後の3時頃に着くと言われた。カイン州の州都はパアンであるが、街の中には入らずバスは田園風景の中をひた走る。カイン州はカレン州と呼ばれていたが、1989年に改名された、まだカレン州と呼ぶ人がいるので間違えやすい。現在、あちこちで道路拡張工事が行われている。名実ともに東西経済回廊(AH1)になるのも時間の問題なのだろう。カイン州第3の街、コーカレイに近づくと大きな木が並木道になる。歴史を感じる素晴らしい景観である。

    コーカレイはタイとミャンマーの国境地帯に連なる山の麓にある。山から綺麗な水が豊富に流れて来ている。最近、ヤンゴンの友人がこの地に100エーカー(40ha)の土地友人たちとお茶を飲んでいる時、日本軍が投下した爆弾が未処理のままあるという。すぐ近くだから見に行こうと誘われ車に乗る。持ち主は庭に埋まっていると家を指さした。70数年前の爆弾である、もし撤去作業の時に爆発すると家まで壊れるので、庭に埋まったままにして置きたいというので、本件はご主人の意向に従うしかなかった。を購入したので、その土地を見に行った。ゴム畑である。

    ゲストハウスに2泊し、昨年、タイの援助で完成した東西経済回廊をオートバイの後ろにまたがり、ひたすら国境の街ミヤワディを目指すが、朝10時に出発し、約30分でミヤワディの国境ゲートに着いた。国境越えはいつも何故か緊張する。日本人と伝えると窓口番号を教えられる。誰も並んでいない。すぐに出国スタンプを押してくれた。タイとの国境はモエイ川である。橋を歩いてタイ側に向かう。タイから輸入されるクボタのコンバイン、トラックターを運んだトラクが数台並んでいる。ミャンマーの米の生産も機械化されて増産されることだろう。橋を渡り、タイのゲートで入国カードに記入し、入国スタンプを押してもらう。どこのホテルに滞在するのかと聞かれ、バンコクと答える。ゲートを出るとオートバイが声をかけてくるので、バス停に行きたいと告げる。

    ここで注意が必要なのは、メソットのバス停は2か所あるが、場所がゲートから少し離れたところにあることだ。大型バスはロットメーといい、マイクロバスをロットウという。大型バスは朝、夕の時間では本数が少ない。逆にロットウは車に客が満員になれば何時でも出発するが、近距離までしか行かない。
     今回は、ロットウで各駅停車のように乗換えながらバンコクまで行くことにした。メソット〜タック〜ナコンサワン〜バンコクと3回乗り換える。料金は、オートバイ代が100B、タックまでは80B,135B,175Bと合計495Bでバンコクまでの運賃である。タックの街は何回か来ている、大きな川沿いに賑わっている市場がある、タックに一泊してから翌朝6時半発のバンコク行きのロットウに乗ることにした。ホテル代は450Bである。清潔なホテルで気持ちがいい。

    ナコンサワンからバンコクのチャトチャックバスターミナルまでは約3時間かかる、旅は予期できぬことが待ち受けている。飛行機や長距離バスは便利だが、途中下車をしながらの旅でバンコクまで来た。時間に余裕のある方、そしてタイ語もミャンマー語もあまり分からないが度胸だけはあるという方には是非おすすめのルートです。

    <テリー先生>
    本名 宮川照男。1949年平塚市生まれ。早大理工学部卒業後、山武ハネ
    ウエル(株)入社。1988から1992年、同社米国駐在所長を経て独立。
    野菜工場設備会社(有)アイエスエス設立。スプラウト栽培を日本に紹介、普及させる。その後、東海大学湘南キャンパス、チャレンジセンター特任職員として「ものつくり」「環境キャラバン隊」などを指導。2013年5月より、ヤンゴンにて農業視察、調査を開始。Yezin Agricultural 大学の学長らと、ミャンマー農業支援について討議を重ね、現在、同大学とヤンゴンのElephant Seed 会社と種子生産についての技術提携を計画中。小型飛行機操縦士免許取得。teruomiyagawa@gmail.com

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