◎今月の視点 「もう、アジアは富裕国の犠牲にはならぬ」今こそ、真に迫るマハティ―ル元首相の名演説。

朝晩、エアコンなしだと少々寝苦しくなってきた。

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米国新大統領の政策に違和感 マレーシアを再興させた熱血漢

朝晩、エアコンなしだと少々寝苦しくなってきた。日本は春到来だが、ミャンマーは確実に真夏に近づいている。
 ところで今年に入り、米国の新大統領の政策や言動が波紋を呼んでいる。どこも自国の国益が一番だろうが、この方からは大国の奢りが見え隠れして嫌な気分になる。
 それ考えると、隣国マレーシアの首相を22年間も務め、シンガポールの故リー・クワンユー元首相とともに、マレー半島を「奇跡のペニンシュラ」に変貌させたマハティール・ビン・モハマド元首相は、今思うと、本当に気概のある男だった。
 今から約8年前のこと。東京のある出版社の依頼で、このマハティール元首相の最後の回顧録の出版の取材で、何度かK.L.や氏の出身地である北部のアロースターへ出向いたことがある。すでに出版への同意はいただいており、窓口になってくれた愛娘のSally Laiさんから何度も丁重なメールを頂いた。彼女の要請で3度ほどかの地へ飛び、元首相の空く時間を待った。何しろ回顧録だ。1,2時間で済むわけがなく、1日4、5時間で最低1週間かかるとお伝えしておいた。だからあとは元首相のスケジュールと健康状態だけが心配だった。しかし、当時国内の政党間でいざこざが起こり、元首相も疲労と気が抜けない状態が続き、結局、この出版話は一度白紙にさせていただいた。

日本を手本とした経済政策で成功を 「日本なき世界」をテーマにした名演説

現役首相当時の氏の政治理念と外交姿勢は魅力的だった。「白人主導から対等の世界へ」という強気の姿勢を崩さず、1990年に現在のASEAN経済圏の基盤となった「東アジア共同体構想」を提唱し、欧米からの脱却、アジアの自立を掲げて次々に斬新な政策を打ち出した。特に経済面では日本を手本とした「ルックイースト」政策で成功を納めた。イスラムと華僑系の民族融和策も成果を表してきた。
 しかし本当に感銘を受け、のちに回顧録
への誘惑にかられたのは、1992年10月に、元首相が香港の「欧州・東アジア経済フォーラム」で行った「もし日本なかりせば」という名演説を読んだときだった。ご存知の方も多いと思うので演説文を要約してみた。「日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本なかりせば、欧米が世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう。貧しい南側諸国から輸出される原材料品の価格は、最低水準に固定される。その結果、市場における南側諸国の立場は弱まる。輸出品の価格を引き上げる代わりに、融資と援助が与えられる。通商条件は常に南側諸国に不利になっているため、貧しい国は増々貧しくなり、独立性は遠のいていく。日本との競争がなければ、開発途上への投資はなかった。日本からの投資もないから、成長を刺激する外国からの投資は期待できないことになる。また、日本と日本のサクセス・ストーリーがなければ、東アジア諸国は模範にすべきものがなかった。自分たちは欧米には太刀打ちできないと信じ続けただろう。
 東アジアではせいぜい質の劣る模造品を作るのが開の山だった。それでも立派にやっていけることを証明したのは日本である。東アジア人は、いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していただろう。マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていただろう。それは要するに、『貧困国は富裕国のために犠牲になれ』ということである。
 日本はその高い技術とエネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の建設に注いできた。質を落とすことなくコストを削減することに成功し、かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ」。

アジアにも優れたリーダーがいた 傾倒する日本へ再三忠告を行う

この演説稿を初めて目にしたときはしばし絶句し、驚愕した。搾取者と非搾取者との思惑、確執と動向をこれほどアグレシブかつ見事に分析し、アジア人に勇気を与えるリーダーがいた。そして日本への思慕にも近い正当な評価をする政治家が存在した驚きだ。しかしそれから20年後、元首相はこれほど傾倒していた"日本"に、決別宣言に似た発言を行う。「反面教師にせよ」とまで言い切った。もうアジアは欧米には従属しない、という主張を繰り返し、強気な外交を展開する元首相に、米英などは反発していたが、その米国に盲目的に追従する日本に氏は再三警告めいた意見を述べた。そして「謝罪外交を止めよ」と何度も忠告した。元首相の凄さは、アジアを共同体と位置づけ、どこかの新大統領が主張する「白人世界の手前勝手な論理、政策」を打破しようとしたことだろう。
 氏が首相に就任した当時のマレーシアも、現在のミャンマーと同様に経済、インフラ、民族問題などを抱えていた。それをたった20年余りで開発途上国から脱却させた。成功の要因は四つだといわれている。「国民を公平に扱う」、「良い統治」、「国家の安定」、そして「ビジネス環境の整備」だ。同様の問題を抱えるミャンマーだが、やればできぬことではない。隣国によきリーダーのお手本がいるではないか。

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