◎発見│ミャンマーの観光スポット

「汽車に乗って、“かろ―”のような高原へ行こう」 Yangon~Kalaw(シャン州)20時間の鉄道旅行記

目次

    以前、弊紙でも紹介した故丸山薫さんの「汽車に乗ってあいるらんどのような田舎へ行こう」の詩ではないが、今回はヤンゴン中央駅から汽車に乗ってシャン州の高原町カローへ行った。20時間の旅だった。外人客にも人気があるこの汽車旅行は、ミャンマーの素朴な風情とローカルの人々の温かみを感じるのどかな旅であった。

    ミャンマー鉄道の歴史は、ビルマの植民地時代にまでさかのぼる。この国に 鉄道輸送システムを導入するというアイディアが1880年に芽生えた。そしてその6年後の1886年に、東南アジア初の鉄道として「ヤンゴン~ピィー」間が開設された。
     だが、予算不足のため全国を網羅することはできず、鉄道建設は中断された。その後、先の大戦のさなかの1939年初頭、東南アジアを占領した日本軍が鉄道の建設を再開させた。インドの英軍基地を攻略のための兵器輸送路を確保する目的だった。
     現在、ミャンマー鉄道は国内総延長距離が4300km(2700マイル)にもなっている。以前は5650の鉄橋しかなかったが、今は9009もの大小の鉄橋が敷設されている。また、駅も250以上新設され、合計739駅にもなった。 地方都市への起点となるヤンゴン中央駅もリニュアルされ、第二都市のマンダレーでは、国際レベルの中央駅を建設したと、運輸大臣省鉄道局は発表した。

    ヤンゴン中央駅からの出発時刻は午前11時。時々遅延したりすると聞いていたので、30分余裕を持って10時半には駅に着いた。乗車券は前日に購入した方が安心。チケット表示はヤンゴン~カローと明記してあるが、実際は途中のマンダレーThar Si 駅で数時間の停車時間があり、休憩を取ってから、翌早朝に出発してカローに向かうので、外国人の方は注意が必要だろう。
     客席は普通クラス(OrdinaryClass)とアッパー(UpperClass)と二種類ある。普通は3450ks、アッパーは8300ks。外国人、ローカルとも同一料金だ。ヤンゴン中央駅からは毎日運行している。
     乗車するまでの合間に、中央駅を少し探索してみた。ホーム入り口では乗車券の有無をチェックされる。ゲートをくぐってすぐに、一日の運行予定表が掲示されている。右側にはツアーリスト・インフォーメーションのカウンターもあり、国内の鉄道情報を英語、日本語などで書いた案内書もあった。早くから来た乗客たちは、皆ホームに座り込んで列車の到着を待っていた。

    汽車は予定通り11時に出発した。通過する市内の各駅は、大きな荷物を抱えた人々でごった返していた。しかし市街地を抜け郊外に出ると、景色様相は一変し、のどかな田園地帯景がどこまでも続く。
     バゴーに入ると隣のおじさんが話しかけてきた。方言からシャン州の人だとわかる。乗客は外国人とシャン族が多かった。これは意外だった。カップルや家族連れ、グループといった乗客たちは、車窓から広がる大自然をを眺めながら、約20時間の旅を楽しむように、皆リラックスして過ごしていた。
     車内販売はないので、乗車前に水や飲み物をキープしておいて正解だった。また、駅ごとの停車時間が短いので、多少の食料や薬なども用意することが必要だだった。

    汽車は予定通り11時に出発した。通過する市内の各駅は、大きな荷物を抱えた人々でごった返していた。しかし市街地を抜け郊外に出ると、景色様相は一変し、のどかな田園地帯景がどこまでも続く。
     バゴーに入ると隣のおじさんが話しかけてきた。方言からシャン州の人だとわかる。乗客は外国人とシャン族が多かった。これは意外だった。カップルや家族連れ、グループといった乗客たちは、車窓から広がる大自然をを眺めながら、約20時間の旅を楽しむように、皆リラックスして過ごしていた。
     車内販売はないので、乗車前に水や飲み物をキープしておいて正解だった。また、駅ごとの停車時間が短いので、多少の食料や薬なども用意することが必要だだった。
    途中のTaung Gu 駅や首都のネピドー駅では、30分の休憩で停車した。そしてマンダレーのTharsi駅には翌朝3時に到着した。ヤンゴンから約400マイル(約640㌔)の距離である。 駅構内には大きなコーヒーショップがあり、ここで休息か仮眠ををとる方が多かった。マンダレーで4時間ほど停車し、朝7時に最終目的地のカロ―へ向けて出発した。
    マンダレーからカロ― までは約200㌔で約4時間の距離である。ここからは「Thar Si~Shwe Nyaung 線」という支線になる。インレー湖観光の拠点であるShwe Nyaung へ行く場合も、この路線を利用することになる。

    車窓からは再び懐かしい素朴な風景が広がってくる。そして窓から涼しい風が入り込んでくる。「上着を出したほうがいいですよ。気候が変わりますから」と、となりの年配のご夫婦が優しくアドバイスしてくれた。高原地帯になるためだろうか。確かにヤンゴンやマンダレーとは気候が違う。マンダレーからシャン州のNyaung Swheへの物流もこの路線を使い、汽車で荷物を運搬することが多い。日帰りで野菜や果物をシャン州の村落に行商に行く人たちもいれば、帰路にシャンの特産品を持ち帰る商売人もいる。
     マンダレーから2時間ほどでPhaYar NgaSu駅を通過する。明らかに気候が変わった。標高が高くなり、ヤンゴンでは連日猛暑だったが、実に爽やかな高原の気候になった。

    汽車は急斜面の山を登り始めた。期待していた以上にスリリングで、素晴らしい景観が眼下に開けてくる。山岳鉄道のようにガラガラと音を立てて走る汽車は、途中スイッチバックをしながら急斜面を登っていく。海抜4292Ft(約900m)にあるカローへ、汽車で行く経験は時間があってもそう度々できることではない。だからこそ、カローへの汽車旅行が注目され、外国人にも人気が高まっているのではないか。
     目的地のカロ―へ行く途中のLae Pyin 駅とKwae Yoke駅の間に位置するShwe Taw (金鉱の村)も興味深かった。自然にできた金鉱脈を堀リ続けており、昔は住民たちがここで金を採掘して生計を立てていたという。しかし、旧軍事政権時代に政府に徹収され、中国の会社に売却されてしまった。現在は3つの中国企業が経営しており、住民たちは従業員として雇用されているという。

    カロ―に着いたのは午前11時だった。途中休憩もあったが、ヤンゴンから丸1日の汽車旅行だった。多くの観光客が下車し、シャンに帰郷する人々も少なくなかった。ホームは出迎えの家族や物売りのかけ声に包まれたが、山あいに作られたカローの駅はすぐに静寂さを取り戻した。風が涼しく、さわやかだ。高原都市カローへと辿り着いた実感が徐々に湧いてくる。
    人々からシャン語で話しかけられたりもした。皆気さくで笑顔がとても自然で親しみやすさが増した。ふと、名曲の「カロー町のような愛」という昔の歌を思い出した。
    暑さとは無縁で、涼しく、美しく落ち着きのあるカローのように、その愛もずっと不変でいてほしいと願う歌だ。
    汽車はカロー駅で20分ほど停車し、大きな汽笛(きてき)が鳴るとインレー湖巡りの中心都市NyuangShweに向かう乗客たちが、あわてて車内に戻った。そして再び元気よく走り出した。
     長い旅だったが、疲れは全然感じなかった。この国の美しい自然や素朴な人々との触れ合いは楽しかった。ミャンマー人でありながら、初めて見る光景や貴重な体験をさせてもらった。ミャンマーはやはり丸山薫さんの詩の世界のように「汽車に乗ってのんびり旅をする」国なのだ。
     次回はこの高原都市カローの町を紹介させていだだく予定だ。

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