今月の視点 人間の命や尊厳を軽視するような行為や言動は断じて許されない

日緬の長い連休が終わり、いよいよ本格的に仕事にまい進するぞと意気込んでいたら、計画停電とやらで出鼻をくじかれ、ジェネレーターのない住居の方々からは悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

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猛暑の中で計画停電に振り回される 車優先社会の悪しき慣習を改革せよ

 日緬の長い連休が終わり、いよいよ本格的に仕事にまい進するぞと意気込んでいたら、計画停電とやらで出鼻をくじかれ、ジェネレーターのない住居の方々からは悲鳴にも似た声が聞こえてきた。今年の暑さは半端ではなく、4月からは日中40度を超える日々の連続で、エアコンの稼動率が増え、電力供給が需要に追いつかなくなった。この堂々巡りはいつまで続くのやら。
 5月に入って時たま雨が来て幾分気温は下がり気味だが、その分湿度が増した。本格的な雨季の到来は今月中旬以降になるが、そうなると今度はカビや蚊への対策を考えなければならぬ。毎年この繰り返しで早9年が過ぎた。それでもあまり日本へ帰る気が起きぬのだから、余ほどこの国に取り憑かれてしまったようだ。
 しかしそのミャンマー暮らしでも、我慢の限界を超えていることがある。人を人と思わないドライバーたちの意識である。
 日中にどうしても外出せざるおえないとき、2,3分も歩くと目まいがするくらいの気分になる。それでも昼食などで灼熱の中で日陰を探しながらひたすら目的地へ急ぐ。
 しかし運悪く交差点で赤信号になったときは最悪だ。青信号になっても右折優先レーンから次から次へと車がやって来てなかなか向こう側に渡れない。バスまで勇んだように来るし、勇気を出して行こうとすると、すれ違いざまにクラックションを鳴らされてしまう。
 こちらは40度を超す炎天下のなか忍耐で待つが、汗が噴出す。警笛を鳴らして歩行者を蹴散らすように突っ込んでくる車は、エアコンの効いた車中で涼しい顔をしたドライバーたちである。思わず怒鳴りつけたくなる衝動にかかられる。
 このとき、我に返ると、果たしてこれでいいのだろうかと、ふと思う。我もの顔で人命を軽視するこうした運転者のマナーは、いつから日常化したのだろうか。しかしこんな醜い交通マナーはおそらくミャンマーだけのように思える。日本、欧米はもちろん、隣国のバンコクでさえ歩行者優先の意識が芽生えている。
 これは誰が考えたって腹立たしくもあり、おかしい。車に道を譲ることが当たり前のようになっている歩行者やこの国の社会全体の意識だって、失礼ながら異常だといわざるおえない。いずれにしても、こうした悪しき慣習は即刻変えていかなければならない。

戦争を肯定する呆れた国会議員 「戦争」は狂気の沙汰に他ならない

 腹立たしいこといえば、先月、日本では本当に馬鹿なことを言う国会議員が出現して驚いた。そして呆れ、猛烈に怒りがこみ上げてきた。すでにご存知のように、日露の相互理解を促進する北方領土の「ビザなし交流」の一員として国後島を訪問した日本維新の会の丸山某なる議員である。
 元島民の団長に「戦争でこの島を取り戻すことには賛成ですか?反対ですか?」といった信じられない言葉を吐いた。当方は、今時こんな思考を持つ議員がいたのかという驚きと、こういう輩がなぜ国会議員に当選したのかという素朴な疑問を持った。
 まだ35歳で当選3期目というのも信じられなかった。党の代表は除名処分を下したが、当人は無所属で活動し、議員辞職はしないと悪あがきをする始末だ。これもひどい。だが、この若造の資質や性格を十分調査もせずに公認して当選させてしまった党の責任は問われないのか、という不満は一方では残る。
 東大ー官僚ー某有名政経塾という一見エリートとも思える経歴に騙されたのだろうが、当方にはこいつの経験はすべて机上の浅薄な知識であり、「戦争」をもバーチャル世界の出来事のように空想してしまったとしか思えない。そうだとしたら本当に恐ろしい。
 こういう男は一度ミャンマーに来させて、カチン州からインドのインパールまで行軍させ、いまだに収集すらできぬ数千の遺骨を拾い集めさせるべきだ。そして泰緬鉄道の悲惨な歴史を展示するモン州の泰緬鉄道博物館で雑巾がけでもさせてみたらどうか。
 そうすれば戦争がいかなる場合も「狂気の沙汰」であることを思い知るはずだ。いずれにしても、こんな大馬鹿者に、大切な子供や孫が住むわが日本の未来の行く末を任すわけにはいかない。

世界第7位の議員定数を持つ日本 ミャンマーでは日本を俯瞰して見る

 こうした愚にもつかぬ議員を生む要因のひとつには、日本の国会議員の定数が多いことも理由にならぬか。諸外国の例を見れば、2700人強の全人代委員を持つ中国は論外として、日本は704人の議員を擁する世界7番目の国だ。これはロシア(10位 620人)よりも多く、米国にいたっては上下院合わせても534人(24位)しかいない。
 だから日本の議員定数が多すぎるのは明白だ。むろん真剣に国政や国益に取り組んでいる議員も少なくないが、中には「災害地より応援する議員のほうが大事」といった言語道断の大臣もいた。
 不倫が露呈して辞職した議員や巧妙に利権をむさぼる輩や袖の下の甘い汁をむさぼる議員が後を絶たないのは、日本の国会議員定数が多く、質が低下してきているからだろう。
 今回の騒動を起こした若造議員は、戦争を肯定するような大馬鹿者であるから笑っては済まされぬが、こんな議員に我々の貴重な税金を使っていただきたくない。議員にかかる歳費を半数に減らせば100億をゆうに超す財源が生まれ、これを福祉とか医療財政など回したらどうなのか。
 「ポスト安倍」の後継者が見当たらないのも不安だ。野党は小姑のように重箱の隅をつつくような批判ばかり繰り返している。
批判するのはまだ許せるとして、代替案も出せずに批判に終始しているから野党第一党でも一ケタ台の下のほうの支持率しか取れない始末だ。与党の中にも隙あらば政権の足を引っぱろうとするネガティブな勢力が存在するから情けない。
 しかも解せないのは、隣国の異常な左翼政権が再三反日行動を起こしても、また、上から目線で天皇陛下に謝罪要求をされても、野党は抗議するどころか相変わらず国内問題の追及に終始しているのは一体なぜなのか。木を見て森が見えていないのか、あるいはもっと深い理由があるのか、国の根幹や存亡にかかわる国防や外交問題に及び腰なのはどうしてなのか。陛下を侮蔑されて抗議もできない政党に、誰が政権を託すというのか。
 アジアといえども4千数百㌔も離れたミャンマーにいると、こうした日本とアジアの状況を、地図の上からまるで俯瞰するように見ることができる。時には外野席にいるようで歯がゆくもなるが、そのもどかしさはこの国の状況についても日々感じる。
 しかし、どのような国、状況であっても、人の命を軽視するような行為、言動はしてはならない。大事なことは、人間の尊厳を尊重し、誰もが人間らしく平和で幸せに生きられる世界を作り、それを未来永劫に維持していくことではないだろうか。

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