ミャンマー人の肖像 第18回 U Sai Htun Myo Thant サイ・トン・ミョー・タン Yoe Yar food Beverage Co. Ltd Shan Yoe Yar Restaurant Director & CEO

ヤンゴンのシャン料理店「シャン・ヨー・ヤー」は、ミャンマー在住の邦人の間でもよく知られた名店である。今から7年前の2012年に開業してから、2年前にスーレースクエアー2階に、今年はヤンキン地区に3号店を、さらに年内には市内北西部のミンダマ地区に4号店を出店予定というからまさに日の出の勢いであ

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たった7年でシャン料理の名店にした事業センス 滞在20年の日本で学んだ接客術とサービス精神

 ヤンゴンのシャン料理店「シャン・ヨー・ヤー」は、ミャンマー在住の邦人の間でもよく知られた名店である。今から7年前の2012年に開業してから、2年前にスーレースクエアー2階に、今年はヤンキン地区に3号店を、さらに年内には市内北西部のミンダマ地区に4号店を出店予定というからまさに日の出の勢いである。
 「やみくもに出店しているわけではないんですよ。ちゃんと現地にも何度も足を運び、事前調査をしつかりやってます。大事なのは人口の分布です。発展しそうな場所は人口も増えてきているんですよ。それに駐車場などの確保も重要になってきますね。」
 まだ50歳の若さながら強引とも思える事業展開についてオーナーのサイさんはこう持論を述べる。失礼ながら一見するとどこにでもいそうなミャンマーのおっさんという感じだが、レストラン経営に関してはなかなかの才覚を持つお方だ。
 「シャン・ヨー・ヤー」の本店は、現在約110人のスタッフを雇用している。うち調理にまつわるキッチン関係が約半数の50人もいるというからすごい。確かに本店は個室、上下階をあわせて満席になればゆうに500人は超す。
 「味を落とさず、かつ迅速に料理を出していくには、キッチンが命です。忙しいときにはそれでもてんてこ舞いです。仕方なく、私がキッチンに入ることもあるんですよ。」と、サイさんは屈託のない笑顔を浮かべて言った。 
 そんな状態でほかに3店舗も出して大丈夫なのかと聞いたら、再び余裕のある笑みを浮かべながら「大丈夫じゃありません」と間髪をいれずに言い放った。
 しかし、現在は各店舗には中心となる調理人がいるそうで、悩みの種はスタッフの雇用と定着そして各店舗のマネージメントだという。「だから理想的にはセントラルキッチン方式にしたいのです。これなら味のバラツキがなくなるし、下準備した食材をマニュアルどおりに調理すれば効率的です。本格的なプロの料理人を雇う必要もなくなる。」
かなり先を行く。しかしこうした事業センスは一
体どこから湧いてくるのだろうかと思っていたら、その源泉はやはり日本にあった。
 サイさんは1988年に母方の親戚の伝手を頼って日本へ留学した。ヤンゴン大学に籍を置いていたが、この年は大規模な民主化運動が起こり、人民公園での集会にはアウンサン・スーチー氏が初めて演壇に立った。そのため大学は封鎖され、多くの知識人や技術者が国を離れたといわれている。
 サイさんは勉学の傍ら、飲食店、パン屋さんなど、「食」にまつわる仕事をいくつもやった。気がつけば20年が経っていた。どうりでミャンマー人にしては珍しく、訛りやクセのない綺麗な日本語をお話しになると思った。
 しかし上達したのは日本語ばかりでなく、日本式のビジネスのノウハウも身につけた。
 「飲食業は清潔感があり、心のこもったサービスが第一なのです。だから料理が出てくるのが遅かったり、冷めていたり、一度でもお客様が心象を悪くすることがあってはいけません。こうしたことは日本で学びました。今の私の店でもこの精神を基本にしてやっています。」
 もうひとつ関心を持ったのは日本の「フランチャイズ・システム」だった。
 「多店舗展開の事業になると、この方式が有効かもしれません。何しろ1人のオーナーが複数の店舗のマネージメントをするのは限界があります。フランチャイジーなら各店舗のオーナーが真剣に経営に取り組むでしょう。無駄もなくなり、細かい点も見逃さすことなく、売り上げ向上を目指すので、本部も一層支援に入れます。いずれミャンマーもこの形態が増えてくるかもしれません。」
聞けばサイさんは年に何回か日本へ行き、フランチャイジーに関するビジネスセミナーの講習を受けて、終了証書まで手にしているという。「シャン・ヨー・ヤー」がわずか7年でミャンマーでもトップクラスのシャン料理店にした手腕は、こうした先を読む力と日々の努力の賜物だろう。
 「日本での経験が生きています。目標は日本に考えているんですよ。あそこはJRや地下鉄の乗り入れも多い。大学もたくさんあり、結構活気
がある。飲食店向きの場所かもしれませんよ。」
 さすがの見識である。伊達やそこらで20年も日本にいたわけでもなさそうだ。
 「2016年にフジTVの『世界いってみたらこんなところだった、ミャンマー編』で紹介されたことが大きな契機となったようです。私と同じタンジーの出身でミスインターナショナルミャンマー代表のナン・キン・ゼアーがモデルとして登場し、それから日本人のお客様がグンと増えました。その後、ミャンマーでも人気のあるサニー千葉さん(千葉真一)や日本の政財界のVIPの方もお越しになります。ありがたいことです。」
 あくまで謙虚に語るサイさんだが、少し前に「店を売りに出した」という根も葉もない噂を日本人に流されたという。「さすがに悲しかったですね。店は順調そのもの。売るわけがありません。安心してきていただけらいいですよ。」 もし日本に支店ができたら、懐かしさのあまりミャンマー帰りの日本人の常連客が押しかけることだろう。

Sai Htun Myo Thant プロフィール生年月日   1969年9月5日  50歳 出身地    シャン州 タウンジー町 学歴    1986年 ヤンゴン大学入学  物理化学 日本留学  1,988年 レストラン開業  2012年「Shan Yoe Yar 」
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