男性に代わって観光馬車の運転を引き継ぐ たくましきインワの女性たちの苦闘

マンダレーから西へ20キロのインワは、14~16世紀にかけてビルマ王朝の首都だった古代都市である。そのためインワにはまだ過去の壮大さと古代の文化と伝統の痕跡が残されている。

目次

     マンダレーから西へ20キロのインワは、14~16世紀にかけてビルマ王朝の首都だった古代都市である。そのためインワにはまだ過去の壮大さと古代の文化と伝統の痕跡が残されている。
     この町へ通じる道路沿いには、村や大きな樹林そして過去の王朝の歴史的建造物が点在している。こうした観光的名所の他に、町には手作りの金属鍋を生産する産業があるが、現在はタイとの厳しい競争に直面しており、人々は、伝統工芸を継承していくために、その存続に必死だ。
     インワの住民の多くがマンダレーに移り、建設会社の石工や大工として働くケースも増えてきている。観光客への土産販売やツアーガイドとして働いても、その収入だけでは家族を養う稼ぎにはならないからだという。しかし観光客用の馬車の運転手の収入だけは、十分な収入が得られるという。
     インワのコミュニティが女性にカートを運転させるようになったのはわずか3年前のことである。それ以前は、男性だけが町の貴重な輸送手段である馬車運転を許可されていた。
     だが、女性運転手の一人であるDaw Htay Htayは、タブーであったこの慣例を破り、過去20年にわたって馬車の運転手を務めてきた。
     「夫を亡くしたときに何をしたらいいか途方にくれました。私は夫の収入に頼っていたので、私も農業労働者になろうと思いましたが、この町の農場のほとんどは中国人が所有していたのです。」
     彼女は3人の幼い子供を養う仕事を見つけることに必死で、意を決して馬車の運転を始めた。家族や友人たちはみな驚いた。
     「女性が運転する馬車に乗らぬよう旅行者たちが忠告を受けたとき、私は無視しました。インワで馬車を運転する最初の女性はDaw Nuと私だけだったのでつらい目にも遭いました」と彼女は振り返る。
     「事故やトラブルを起こさないように気を付けました。だから私たちは、蹴ったり噛んだりしない飼いならされた従順な馬を選ぶ必要がありました。」
     Myit Nge川の向こう岸から観光客を運ぶボートの何人かのツアーガイドは、ボートドックの前で、「女性の馬車には乗らぬよう」叫んだのです。
     そうなっても、Daw Htay Htayは無用のトラブルを避けるために抗議をしたりはしなかった。それでも、そのうち何人かの観光客は彼女の馬車を選び始めたという。
     約4年前、地元のテレビ局が彼女にインタビューした。それで、彼女はすっかり有名人になり、 インワを訪れる観光客は彼女の馬車を探すようになった。ツアーガイドも彼女目当ての顧客を連れてくることが多くなった。
     市委員会は、女性にも馬車の運転免許を取得することを許可し、現在、女性ドライバーは38人にもなった。
     観光シーズンはわずか4ヶ月であるため、シーズン中にオフのための蓄え分を稼がなければならない。こうした過酷な課題を抱えているにも関わらずDaw Thidarは、最近、娘に大学を卒業させ、息子も昨年、無事入学させた。 彼女はできる限り長く仕事を続けたいと語った。

    Tags
    Show More