発見│ミャンマーの観光スポット Hpakant パーカン(カチン州)

世界で唯一最高品質の硬玉翡翠を産出する禁断の地への旅 「マウ」(魔術)と呼ばれる魑魅魍魎とした世界で見た現実 シャン州モーゴクのルビーと並び、ミャンマー北部カチン州にあるパーカンは、ミャンマーが誇る翡翠の一大産地といわれており、長らく外国人の立ち入りが厳しく制限されてきた。かの孔子が徳の象徴とたたえ、「天国の石」としても有名な翡翠は、昔から中国では幸運を呼ぶ石として珍重されてきた。しかしこの採掘をめぐって様々な問題が露呈してきているのも事実で、今回はこのあたりを含めて知られざる町の現実をレポートした。

目次

まだ7500か所もの活動的な 翡翠採掘場が

 宝石業界のデータによると、このパーカンと同じカチン州のLone Khinを合わせて、合計約7400か所の活動的な翡翠の鉱床があり、失効した鉱床もすでに1000か所にも上っているという。前政権時代に中国から輸入された大型重機は、残された宝物を発掘するために、現在も昼夜を問わず働いている。
 しかし地元住民たちは、掘削を止めることを望んでいるという。止めるのは無理だったら、厳格な統制を求めているという。「このままではパーカンの翡翠は10年以内に消滅する」と予測する声もあるからだ。
 2011~2016年の5年間で、政府は金属部門から1兆4,330億Ks(約1500億円)、宝石部門から1,兆1千億Ks(約1200億円)を受け取ったという。ちなみに宝石業界の情報源によれば、この期間中に中国と香港に輸出された翡翠の総額は51億ユーロと推定されている。(US$ 563億)。
 しかし、1年前、英国に本拠を置く国際NGOであるグローバル・ウィットネスは、2014年にミャンマーの翡翠売上高が310億ドルで、GDPの48%、保健予算の46倍に相当するとの報告を発表した。この合計のうち、約10%だけが州の税収になったという。
 ミャンマーの翡翠売上高の公式発表34億ドル(約4100億円)が、中国がミャンマーから輸入した金額120億ドル(約1兆4000億円)と大きく食い違っていることから、大々的に汚職が行われているのではないか、という懸念もある。
 こうした収支面の問題だけではなく、 パーカン周辺一帯の緑の畑は、数千フィートの高地にある掘削の残土残石により、山々の景観を損ねているばかりでなく、大雨による丘陵の土砂崩れなどが毎年のように起こり、多くの死亡事故を発生させている。掘削用の大型トラックとの衝突によって引き起こる交通事故も少なくないそうだ。
 しかし辺境ともいえる場所にあるパーカンは、採掘権を持つミャンマーの富裕層にとってはまさに宝の山だ。彼らは、世界的評価の高いミャンマー翡翠の供給源を独占しているからだ。

2018年までにすべての 採掘許可が更新不可に

 翡翠鉱山で採掘する鉱山会社のうち、2年前の2016年に約310社が採掘に関するライセンスを停止された。そして今年一杯で他の鉱山会社もライセンスの期限切れを迎える。ライセンスは国営のミャンマー宝石企業が行っているが、新政権による自然資源環境保護省が宝石生産や管理に関するルールを変更したため、ライセンスの更新ができなくなったという。
 政府が方針を見直したのは2015年11月に、採掘場にある廃棄物の山が崩れ、100名以上が死亡した事故が引きがねになったようだ。ちなみにこの年は合計36件もの地滑り事故が起きたという報告がなされており、翌年11月にjも200人の犠牲者を出した事故が起きた。
 今年の1月、Myanmar Times によると、宝石起業家協会の事務職であるU Tun Hla Aungは、すべての翡翠企業に対して、連邦政府や州政府、地方住民、専門家からの意見を求めて、「環境管理計画」を策定するよう求めた。
 パーカン周辺では、30万人以上が翡翠産業に従事していると推定されている。彼らは国内全土から来ている。ミャンマー政府は宝石法を見直し、免許や関連する犯罪を防ぐために刑罰の強化にも取り組んでいるという。ミャンマー人の多くは利潤の少ない農業や漁業に従事しているが、翡翠への誘惑で鉱山に引き寄せられた人々は、今さら自宅に戻れない、と嘆く。 
 このような嘆願を受けて、雇用主の姿勢を正すべきだとの声が上った。パーカンの地元住民は、政府が労働者の安全を守るために、企業に職場環境の改善させるべきだと主張した。
 NGOのGlobal Witnessのスポークスマンは、パーカンのの翡翠企業家の90%は中国人であり、抽出された翡翠の50%〜80%は中国に密輸されたと述べた。翡翠産業の大半を占める豊かな中国人の利益のために働く、いわゆる民族起業家もいるという。大きな国際市場へのアクセスを改善し、中国市場への依存度を減らすために商務省の貿易促進部は、翡翠と宝石部門を国家輸出戦略に含める準備を進めているという。しかしそれには多くの時間と努力を必要だ。

2輪で命がけの悪路を4時間余りで

 「マウー」という言葉がある。ミャンマーの翡翠産地一帯をこう と呼ぶという。元々の意味は「魔術」で、魔法のように視覚、感覚などを騙すことからきているそうだ。しかし「魔術」は「魔法」よりもっと重々しい言葉だ。玉石を探索できる場所が、パーカン地区一帯がこの「マウー」と呼ばれているのは、一人の人間の生活や人生を魔術のように変えてしまう可能性があるエリアだからだという。
 ミャンマーの特産品である翡翠宝石は、世界的にも高品質との評価が高い。かなり前から世界へ輸出してきたが、先般、世界最大の翡翠鉱石も発掘された。そうした高級翡翠は、山脈に囲まれたカチン州パーカンの周辺のみでしか発掘できないという。
 ネットの情報や ニュースなどで、たぴたぴパーカンに関する記事を目にする。我々ミャンマー人でも中々行く機会がないエリアだけに一度は訪れてみたいと思っていた。「玉石の探索者なら玉石の採掘場を所有する候補者だよ」という歌が、ミャンマー国民の中では口ずさまれるほどよく知られている。しかも パーカンのことを 大人たちはまるで伝説を語るように話しているのを、子供の時に耳にした記憶がある。
 そのパーカン行を友人に告げると、「インドジー・パゴダを参(さん)拝(ぱい)してから行ってみて」とアドバイスされた。しかしその道のりは楽ではない。雨季が終わったばかりで道はぬかるみ、パーカンへの山道は最悪だった。気候的にも寒く、ミャンマー人にはつらい。しかしまずモー二ンの町から79.2㎞離れたインドジー湖へオートバイで向かった。これには寒さを防ぐため手袋、靴下、帽子と厚いセーターを着る必要があった。
 「インドジーシュエミズ」という中の島にパゴダがあるインドジー湖は、世界で3番目に大きい湖だ。むろん東南アジア一だから見学の価値はある。インドジー・パゴダの物売りたちがパーカンへの道路がまた使えるようになっていると教えてくれたのでとても嬉しかった。
 インドジー・パゴダからパーカンまでオートバイトで約4時間。モー二ン町からだとパーカンへ行くルートは二つ。ビルー、ナマー、ホピン、ヤーチ、ナンモン、ロントンなどの地域を通るルートで、この道路はサガィン、マンダレーと下部ミャンマーから来る旅行者が使うことが多いが、時間は短縮できても道のりは険しい。
 もうひとつのルートは道別れするホピンからピンボー、サーマウー、モーカウン、ロンキンなどの地域を通ってパーカンへ行く道だ。このルートは前者に比べると、上りは険しくないが、距離が長くて時間がかかる。

カチン州都ミッチーナから 北へ約150㌔

 1995年3月16日にパーカンは町として制定された。昔はカーマイ・タウンシップ内の採掘場が集まる小村だった。その後1996年7月12日に町からタウンシップに昇格し、 モー二ン県に編入された。
 カチンの州都ミッチーナーから約98マイル(約150㌔)離れているが、翡翠採掘でにぎわいをみせ、パーカンは村だった時にも国内外だけで 有名 だった。
 「パーカン」(Hpakant)という言葉はシャン民族から 伝わってきた。「Hpaは石畳み、Kantは 崩れる」と訳すことができ「石畳みが崩れたところ」という意味を持つ。
 「険しい道のり」とはこういうルートを言うのだろう。パーカンへは石をだらけの道が延々続き、オートバイトで行った我々取材班は体の具合が悪くなった。外国人立ち入り禁止の区域ではないが、非常にタフなルートだと覚悟すべきだろう。
 通路が良いところと悪いところがあり、雨水に浸食されて土地に大きい割れ目があるところは危険だ。基本的には山間を抜ける山道だから一方はほとんど崖(がけ)だ。それでも地元の方々は悪路をものともせず、中国製のオートバイトで走り去るのを見て、冷や汗が出た。
 山道のいたるところに人力や重機で道路を修復している部分が目に入る。しかし、土壁を突き崩して敷いた道だから、水に濡れると道が滑って崩れやすい。石が敷かれた道でも崩れている場合もあるので、険しい場所はオートバイを引いて歩くしかない。急な下り坂などはまさに 命かけである。しかも採掘場に近ずくにつれ、ほこりや石粉が飛び散るようになり、人間もオートバイも真っ白になった。
 余談だが、ある場所で筆者が乗ったオートバイのブレーキの片方が故障し、もう少しで崖(がけ)から落ちるところだった。運転手はとっさに両腕で止めて間一発事故を免れた。こうして4時間余り、苦しみを乗り越えて待望の パーカンの翡翠採掘場に入った。

目の前に現れた巨大な 残石の山々

 パーカンに入って最初に目に入ってきたのは、山のように高く、巨大な残土残石の山だ。ネットではこの光景を何度か見ていた が、実際に自分で目の前に広がる光景はかなり衝撃的だった。人間の人 生を左右し、欲望を湧き起し、やがて命をも呑み込む巨大な採掘場の残土残石の 山々が、パーカンの町の象徴的な光景となって眼前に広がっていた。
 ここでの大半の採掘者たちは、採掘会社が掘り終わった残土残石の中をさらに探索し生計を立てている。企業がほとんど採掘し終わった 残土の中から翡翠の原石を発見できることもあり、それで 金持ちになった者もいるという。しかしその夢を果たす前に、残土が崩れて亡くなるケースも後を絶たないそうだ。まさに命がけの残土あさりだ。
 パーカンではこうした地滑りや残土が崩壊して起こる事故は日常茶飯事だという。しかし命を懸けて危険極まりない作業を行う者の大半は、1Ksも稼げない日もあるという。運のいいものは日に5万、10万、あるいは50万Ksぐらいになるケースもあるそうだ。このパーカンでは許可を得て採掘する企業も違法採掘者も、昼夜を問わず採掘に精を出しているのだ。
 だからこのパーカンへはミャンマー全土から人々がやってくる。自分の意志で違法採掘者カ会社の従業員として日雇いの採掘者のどちらかを選択するという。採掘権所有者に経費を前借りし、成果が出れば売り上げを 折半にして行うケースが通常だ。
 パーカン一帯は「マウー」という言葉通りに、魔訶不思議で魑魅魍魎とした世界である。今日、日雇いの採掘者に甘んじていた者が、明日は採掘権所有者に成るチャンスもあるのだ。そうした予想もできぬ生活を余儀されている者の中には、稼いだ金を 貯められないで、麻薬などの溺れる者も少なくないそうだ。

3000トンの世界最大の 翡翠原石の発見

 2000年7月、パーカンの南にあるファーロングのエキイ小川に近いナンマウン採掘場で、長さ70フィート、幅6フイート、高さ30フイートで重さ3000トンもある巨大な翡翠原石が発掘された。その模様は翌年1月にミャンマー国営TVが取材して放映、さらにそれを日本のTV放映して世界中で話題になった。2年後に、採掘場の所有者であるアウン・カン氏は、その世界最大の翡翠原石を国家に寄贈してさらにニュースになった。
 残石を積み重ねた残石の山を超えたところに運送の大型トラックが見え始めた。中国の合弁会社が所有する大型トラックのタイヤの直径は人の身長より高い。そして耳につんざくようなエンジン音を出して自動ロボットのように残石の山の間を行き来していた。
 パーカンの過半数の採掘場は中国の合弁会社が所有し許可されているが、調査のデータによると、それは全体の89%にも上っているという。中国人の翡翠好きは有名である。
 翡翠はJadeite 硬玉(こうぎょく)とNephrite 軟玉(なんぎょく)に分類される。どちらも翡翠には違いないが、 硬玉のほうが 貴重で上品質とされている。パーカンは世界の中でこの硬玉の唯一の産出地で、ミャンマー国内に翡翠のマーケットも存在するので、中国企業が進出する要因にもなっている。
 今や世界屈指の翡翠の産地になったパーカンだが紛争問題も多い。先月、鉱山会社の警備員とフリーランスの鉱夫との間で衝突が起き、鉱夫1人が射殺された。目撃者によると、警備員は、翡翠の残骸を拾い集めるために玄関口に集まっていたフリーランスの鉱夫に発砲したという。通常、ミャンマーの鉱山会社は、大型重機で大規模な翡翠採掘を行った後、違法ではあるが残骸を拾い集めるフリーランスの鉱夫が鉱山に入ることを非公式に認めている。
 NLDの地元議員は、「フリーランスの鉱夫は泥棒ではなく、重機による採掘作業の残りから迅速に現金収入を探していただけだ」(CHANNEL NEWS ASIAより)と述べた上で、「鉱夫と警備員の間に何らかの誤解があるのかもしれないが、殺すことは解決策ではない」(同より)とつけ加えた。この事件で地域で働く約400人の鉱夫が怒りから車と建物を燃やしたという。
 パーカンへの取材を終えて感じたことは、ミャンマー国民として、この貴重な国の財産資源である宝石をミャンマーのために有効に役立てていただけたらいいなと正直に思った。公正な法律をつくリ、皆が平等にその恩恵にあずかれることを願って町を後にした、そしていつまでもパーカンの翡翠が保護されていくことを祈るばかりだ。

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