今月の視点 覚悟を決めて日本型「移民法」の下でアジアの労働者と共生を

「旅に出たくなった。」雨期が去り、爽やかこの上ないシーズンの到来で、日々そう思うことが多くなってきた。ヤンゴンの喧騒を離れて、この時期から朝晩は少し肌寒いくらいのシャン州の高原で、名産の「エィターヤワイン」でも飲みながら、のんびり読書でもしたくなった。

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単純労働者受け入れの新入管法の行く末 実態は労動力確保になった技能実習制度

 「旅に出たくなった。」雨期が去り、爽やかこの上ないシーズンの到来で、日々そう思うことが多くなってきた。ヤンゴンの喧騒を離れて、この時期から朝晩は少し肌寒いくらいのシャン州の高原で、名産の「エィターヤワイン」でも飲みながら、のんびり読書でもしたくなった。
 しかし、少々目を転じて母国を取り巻く東アジアの情勢を注視すると、とてものんびりなどといってられない出来事が多発している。先月、韓国の最高裁が日本企業へ下した「元徴用工」といわれる人々への賠償支払い命令には心底腹が立った。毎回、「反日」のプロパガンダを掲げて自国の世論に媚びる現政権の愚かさにはあきれてしまうが、当方の関心は、この問題よりもやはりミャンマーにも関係してくる日本の「入管法」の改正法案の行く末の方が気になる。
 当方はこれまでこの欄を通じて、何度か「単純労働者の受け入れを真剣に考える時が来ている」と指摘してきた。技能実習生制度という曖昧なシステムを隠れ蓑にしながら、アジアの安い労働力を確保してきた経緯があるからだ。
 現在、この制度や留学生のアルバイトで就労している外国人は、実に55万人にも上っているそうだ。また昨年、厚生労働省が行った調査では、5966の受け入れ事業所の約7割が何らかの法令違反をしているとのデータも出ている。むろん就労環境や待遇などの実態をきちんと管理精査している受け入れ組合も少なくないが、劣悪な環境で長時間労働を余儀なくされたり、あるいは報酬欲しさに自発的に残業を願い出るケースも多い。
 失綜者の数も昨年は7085人だったが、今年は6月までの上半期ですでに4279人にもなっている。これでは本来帰国後に母国のために習得した技術を役立てるというこの制度の趣旨を大きく逸脱している。これも問題点が多い制度だからだろう。

単純労働者受け入れは歓迎すべきこと 見えない労働者への配慮と保護政策

 この数年間、当方のもとにもミャンマー人の建設労働者やそのほかの工場従事者派遣の問い合わせが増えている。最近では介護人材への打診がとみに増した。
 だから、正式に単純労働者受け入れ制度を法制化すべきだと思っていた矢先に、今回の「新入管法」の制定である(関連記事P22,23の特集を参照)。やっと日本政府も重い腰を上げたかと思ったが、この法制化には異論はない。合法化されれば、労使双方が堂々と雇用契約を結ぶことができ、失綜したり、オーバースティしてまで居座ることもなくなる。
 問題はこの制度の内容である。「移民制度を意図したものではない」と懸命に否定する政府に対して、野党は「移民」だと譲らない。確かに「移民」云々は国家にとっては根幹にかかわる問題かもしれぬが、当方が疑問に思うのは、国会論戦や閣議の中でさえ、将来日本の労働力の担い手になるだろうと思われる外国人労働者の待遇に関しては、管理や規制面ばかりを喧伝し、あまり議論されてないように映ることだ。
 その管理にしても「入国在留管理局」を「管理庁」に格上げし、より厳しくしていく方針だという。野党も人手不足の現実を認めながらも、対案も出さずに「移民だ、移民法だ」と批判ばかりに終始している。
 こうしたやり取りを見ていると、何と自分勝手な思考に走る人々なのか、との思いを強くする。国家の根幹などと大そうなことを言っているが、それはあくまで日本人及び日本の国益、権益、伝統、文化などを外国人に侵害されたくないという狭量な思考からきているのではないのか。したがって、外国人労働者の基本的人権、社会保障や年金、納税などは一体どうなるのか、といった具体的輪郭が見えてこないし、話題にも上らないのはどう考えても違和感を感じてしまう。
 単純労働者が増えれば単一民族で文化伝統が異なるの日本人との摩擦が起きたり、犯罪が増加するのではといった、自分たちに不都合なことやネガティブな危惧ばかりが駆け巡っているからではないのか。

独は400万人のトルコ人を受け入れた 曖昧な定義では将来に遺恨を残す結果に

 しかし、たとえ外国人労働者であっても、定められた法を厳格に順守し、社会ルールを守る善良な市民になっていたとしたら、日本人と同等に近い権利と待遇を付与すべきだろう。「人手は欲しいから許可を与えるが、移民ではないから厳格に管理して変なことはさせない」という方針は、どう考えて虫が良すぎる論理で、人手不足が解消した業種は許可を打ち切るなどという発想も手前勝手すぎやしまいか。
 日本と同じように先の大戦の敗戦国であるドイツは、戦後いち早く「ガストアルバイター」という外国人一時労働者を受け入れ、今から54年前の1964年には100万人のトルコ人労働者が定住した。その労働力のお陰でドイツは目覚ましい経済復興を遂げた。しかし現在ではトルコ人は400万人に増え、すでに2世3世の時代に入っている。そしてドイツの大都市にはイスラム系のトルコ人街が数多く形成された。
 こうなるとこの状況はもはや移民以外の何物でもないが、これまでに大きな混乱や衝突はないと聞く。だが、反対にトルコ人側からは待遇面の差別や不公平さが噴出してきているという。ドイツ人は異教徒のトルコ人と共生する知恵を持っていたが、合理的な思考の持ち主のドイツ国民でさえ、異教徒や異文化の人々と共生する難しさを痛感した。そして「移民」には、リスクが伴うことも自覚したはずだ。
 だから2015年にメルケル首相がシリアから100万人の難民を再び受け入れたとき、ドイツ世論は2分された。その3年後の今年、メルケルのキリスト教民主同盟(CDU)と姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)は重要な地方選挙で相次ぎ敗北。この結果を受けて、メルケルは2021年の任期切れとともに首相を退任すると発表した(CDUの党首は今年末に退任の意向)。シリア難民政策がメルケル凋落の大きな要因になったことは間違いない。
 元東京入国管理局長で現在一般社団法人移民政策研究所長の坂中英徳氏は、今から10年前の2008年に、人口減の日本の未来を危惧し、外国人材の導入を提唱した「外国人材交流推進議員連盟」(自民国会議員約80人が参加。中川秀直会長)の第1回勉強会で
 「今、日本は人口崩壊が迫る国家存亡の危機に直面している。政府が人口ピラミッドを安定させる有効適切な対策を早急に講じなければ、高齢化する人口と激減する年少人口という2つの抗しがたい圧力によって、生産、消費、税収、財政、年金、社会保障、さらに国民生活のすべてが立ち行かなる。移民に対する不当な差別又は偏見の防止及び根絶を図り、もって『日本型多民族共生社会』を創る。日本が全面崩壊を免れる唯一の対応策は、国民が移民をいたわりの心で温かく迎えることである。(要約)」と述べているが、これは正論だろう。
 今回の新入管法は移民政策ではないというが、はっきり申し上げて、少なくとも、永住権取得資格条件のひとつを満たすといわれる「特定技能2号」を取得したケースは「移民」である形態には違いない。しかし、なぜここを曖昧のままにするのか。前記の坂井氏の言うように、日本側ばかりの規制管理に終始することなく、実質的な移民労働者を温かく受け入れ、保護し、将来に遺恨を残さないような制度を確立してほしいものだ。そのためにはもう腹をくくって「移民法」であることを前提に、アジアの若い人々と共生していく覚悟をするべきだろう。

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