導│ミャンマーに貢献する日本人 第1回 岡拓哉 TakuyaOka 国分グループ本社株式会社 海外統括部 アセアン事業部グループ長 Chief Operating Officer KOSPA Limited

「缶詰」でおなじみの国分グループ(以下、国分)は日本を代表する食品・酒類卸売業である。創業が江戸時代の1712年というからすでに306年の歴史を有する超老舗企業である。その国分が、2013年にミャンマー進出を決断した。

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老舗企業のミャンマー進出に奔走した熱意 低温物流事業を託された邦人駐在員の苦闘

「缶詰」でおなじみの国分グループ(以下、国分)は日本を代表する食品・酒類卸売業である。創業が江戸時代の1712年というからすでに306年の歴史を有する超老舗企業である。その国分が、2013年にミャンマー進出を決断した。2013年といえば、前テン・セイン政権が民主化路線に沿った改革を次々に打ち出してきた年である。それでも海外の投資家たちは、「ミャンマーの民政移管は本物なのか」と、まだ疑心暗鬼であった。
 そうしたやや不安の残る状況下で、国分はその前年の2012年7~10月にかけてミャンマーに調査要員を派遣していた。そのミッションを自ら会社に提案し実行したのが、今回から3回シリーズでご登場願った岡拓哉さんである。まだ当時29歳だった。
 「社内で海外事業のビジネスの種を見つける企画の公募があったんです。それでミャンマー進出を念頭に置いた企画を提案したんです。ご存知の通り、日本は少子化で人口減少傾向にあり、それは国内食料需要の減少を意味します。これからはアジアに活路を見い出すべきだと考えていました。日本の高品質な食品インフラを下支えしてきた当社の知見とネットワークは発展途上のアジア諸国でも活かせる機会はあると思っていました。」
 しかしアジアの中でも、この時期にミャンマーを対象国に定めたところがすごい。2012年といえば、ヤンゴンには和食店は10軒ぐらいしかなく、日本人会登録者数も100人を超す程度だった。しかも岡さんはミャンマーへの渡航経験もなかったのだ。そうした背景の中でも、岡さんは果敢にミャンマー現地調査進出の提案を行った。結果的には岡さんの熱意は役員にも認められ、それから数か月後に単身でミャンマーに乗り込むことになった。

 「当時は右も左も勝手がわからず、視察、調査の移動はほとんど交渉制でボロボロのタクシーでした。南シャン州の農村地帯やマンダレー、ピンウーリンなどのローカル都市へもヤンゴンで交渉したタクシーで調査を行いました。今考えると馬鹿みたいな話ですが、計画から手配まですべて自分ひとりでやったので、色々な経験ができ、この国のことを肌で感じることができましたね。」
 これが岡さんの人生の転機だった。子供のころは海外出張の多かった銀行員の父の影響受け、自分も大きくなったら海外と関わる仕事がしたいと思っていた。しかしそれがミャンマー駐在で低温物流事業(コールドチェーン物流)の責務を任されようとは、当時は夢にも思わなかったに違いない。
 「ミャンマーは農業国ですから、生産地で野菜、フルーツなどの生産状況から物流まで実態をつぶさに調べました。その時にこの国のポテンシャルや発展の可能性と共に感じたのは、湧き出るような活気と、根本にある親切で素直な国民性でした。それで帰国後の調査報告書にまずそのことを記したのです。」
 報告から数か月後に国分の幹部が今の現地パートナーと巡り合ったのも偶然ではないかもしれない。帰国後一度は元の国内営業に従事していたが、国分として当時ASEANにおいては2か国目、また初のゼロから立ち上げる事業のスタディを実施するため、再度ミャンマーを拠点に活動することになった。
 「ミャンマーの秘める可能性と将来の発展性は言わずもがなでしたが、何せどの資料をつくるにも信用のおけるデータがなく苦労の連続でした。」自らの足で現地を飛び回り情報を得ては仮説を立てる事を繰り返し、日々現地パートナーと日本の本社との協議に明け暮れた。
 こうして国分グループは2014年7月にSPAグループと出資率50%ずつの合弁会社「KOSPA」を設立。同年から運送事業を開始、翌年から物流センターの建設に着手した。もちろんは国分側の現地責任者は岡さんだった。そしてただ一人の日本人駐在員として以後苦闘の日々を送ることになる。

 「当時物流センターの建設は大きな悩みでした。もちろん日本とはやり方が違うことはわかっていましたが、業者に前もって竣工図をくれ、と言われたときには驚きましたね。」
 約1年の苦闘の末、物流センターは2015年の12月に完成し、同月開所式を開催した。敷地面積は約2万4000平米、延床面積は4500平米で、4温度帯に対応し、マイナス25度まで対応可能だという。4温度帯対応という強みを活かし、同センターでは、常温食品はもちろんのこと、鮮魚や精肉をはじめ、冷凍加工品などを取り扱うことができる。ヤンゴンの北の玄関口に位置し、いわばヤンゴン域内配送、各地方都市や国境等を繋ぐハブセンターとして活用されている。
 翌年1月には大手レストランチェーンの貨物も入庫し、センターは予定通り稼働を始めた。
 「現在ではドライバーが社員の9割を占め、従業員は130名にもなっています。しかしスタート当初は欧米人の社長、私と後輩を含めて3人ではじまりました。事業を軌道に乗せるまでは大変でしたが、幸いなことに現地パートナーが、フランチャイジー権を取得していた大手レストランチェーンが成功裡に事業展開されたことは大きかったです。今では約50社との取引きがあります。」
 気が付けば5年の歳月が流れていた。駐在員としては長い部類に入るが、岡さんを抜きにして「KOSPA」の低温物流事業は軌道に乗せられたかどうか。
 「2年前に結婚もしました。娘もできました。妻もミャンマーを気に入ってます。もちろん私自身もそうです。できることならこの国で今の仕事を続けられたらいいな、と考えていますよ。」
 道路交通インフラの整備、年々深刻化する交通渋滞など、まだまだコールドチェーン物流事業に立ちはだかる壁は少なくないが、ミャンマーにおけるこの分野での市場は、かって岡さんが事業提案した通りの様相になってきたことだけは間違いなさそうだ。

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