◎第1回 導│ミャンマーに貢献する日本人

バンコク・カオサンからヤンゴンに来た衝撃 南部の町ベイを見てミャンマーと恋に落ちた

花澤 光希 Mitsuki Hanazawa グリーンネコ(株)「Green Neco Co., Ltd.」 オーナー

私がベイというミャンマー南部の田舎町に住むことになったのは、1人のミャンマー人との出会いがきっかけだった。  それまでは日本を離れるなんて考えたこともなく、19歳になるまで東京で音楽雑誌編集の仕事をしていたんだけど、2013年の6月に3年間勤めたその会社を辞めたタイミングに思い立って、半年間の予定でバンコクにタイ語留学することにした。  留学中、私はカオサン通りという安宿が多い繁華街の近くに住んでいて、そこで私は、私の人生を変えたミャンマー人・タムに出会った。彼がいなかったら、私は今、全く違う人生を歩んでいたと思う。  当時は多くのミャンマー人がタイへ出稼ぎに来ており、彼もそんな1人だった。東京生まれ東京育ちで両親からは目に入れても痛くないほど溺愛されて生きてきた私と、父親の顔も知らず母親には幼い頃に捨てられて祖父母と姉を親代わりに育ち、高校卒業と同時にバンコクへ出稼ぎに出されたタムは、どう考えても完全に別の世界で生きている人間だった。  タムは当時、外国人観光客で日夜賑わうカオサン通りのタトゥー屋でタイ語⇔英語の通訳をしたり、CDショップで売り子をして生活していた。私がバンコクに住み始めて間もない時、偶然に私がタムに道を聞いたことから知り合って、生活圏が同じだったために私達は仲良くなった。そして私は彼がミャンマーという国から来たことを知った。  タムと出会うまで、私はミャンマーがどこにあるどんな国なのか全く知らなかった。その頃の私は、働きづめだった編集会社を辞めたばかりで頭がポカーンとしていて、漠然と自分で何か事業がしたいと思いながらも、ただぼんやりと南国の包容力に抱かれてだらしなく生きていた。クラブで友達と踊っても、ただ若さのエネルギーを浪費しているだけのような気がして、どれだけ楽しくても満足できなくて本当にクソみたいな生活だった。  それなのに、タムと出会ってミャンマーという見知らぬ国の話を聞いたとき、私はなんだかゾクゾクした。  その高揚感が現実味を帯びたのは、グーグルマップを見たときだった。ある日、私がタトゥー屋の店内で寛いでいたら、急にタムが「これ、どう思いますか?」とパソコンでミャンマー南部の航空写真を開いた。それを見た瞬間、私は息を呑んだ。  そこには、あり得ないほど白いビーチに縁どられたピュアな島々が、真っ青な海の上に無数に散らばっていた。  こうして、「メルギー諸島」と記されたその場所に完全に心を持っていかれた私は、英語と日本語でインターネット検索をかけてみたけど、ほとんど全くと言っていいほどそこに関する情報は出てこなかった。これほど美しい無人島があるのに、どうして調べても何も出てこないの?もっと知りたい!実際に見てみたい!!と居ても立ってもいられなくなったので、急遽タムを引き連れて2013年の8月にヒュッとミャンマーへ飛んだ。  こうして初めて訪れた夜のヤンゴンを見て、私は衝撃を受けた。深夜まで賑やかで華やかなバンコクの繁華街とは違い、ヤンゴンは真っ暗だった。道は汚く、車は古く、人々は見たこともない布をズロリと腰に巻いて、真っ赤な唾をその辺に吐き散らかしていた。「ウッソぉー!あのバンコクから飛行機でたった1時間ちょいの場所にある隣の国なのに、何なのコレ⁉ここ、まだ文明が開化してないんですかぁ――ッ!!!」と私は猛烈に動揺した。ゴーストタウンが如く静まり返った夜中のダウンタウンを荷物を引きずって歩き、暗がりに見つけた屋台でぬるい缶ビールと正体不明の揚げものを食べ、ホテルなのか空き部屋なのかよく分らない質素な部屋をどうにか見つけて、ドン底に絶望的な気分で眠った。  だけど、朝起きて窓から外を見下ろした瞬間、初日の夜の最悪な印象は一瞬で払拭された。ビチビチに混み合った路上の市場には素朴な人々の生活の熱気が満ちていて、夜の寂れた雰囲気とのギャップに面食らった。陰気な夜の町に覚えた嫌悪感はすっかりなくなり、早く町が見たくて部屋を飛び出した。そして道端でタムに勧められて食べた「モヒンガー」なる謎の茶色い汁は唖然とするほど美味しくて、私はその時「住めるな、この国」と確信した。カレーも炒飯も好きだしね。  という感じで、ヤンゴンを見てミャンマーのあか抜けない都会が好きになり、タムの出身地カレン州エインドゥ村を見てミャンマーの田舎が好きになり、そしてそこから24時間以上かけて山道をボロボロのバスに揺られ、ついに夢にまで見た南部の素朴な海の町ベイにたどり着いた私は、完全にミャンマーと恋に落ちた。(←※当時の我々は金銭的事情によりバスだったけど、飛行機ならヤンゴン~ベイ間は1時間半で行けるよ!)  2013年の8月――ベイにはボロボロのショボいホテル数軒しかなく、道路はほとんど舗装されていないか ガタガタのひどい状態 で、外国人の姿なんて どこにもなく、ガイド ブックの目次には名前 さえ載ってなかった。 だけど私は、町中心部 からほど近い海辺の汚 い散歩道でゴミだらけ の干潟を見ながら、賭 けるならここだと思っ た。  その時タムが「今は お金がないから仕方なくバンコクに出稼ぎにきているけど、本当はミャンマーの成長のために仕事がしたい。バンコクで手に入れた語学力を使って、今カオサンで遊んでる外国人を全部ミャンマーに連れて来たい」と真剣な顔で言った。  だから私は「よし、コイツと一緒にやってみよう」と思った。  そして、学校に行かなくなってから働いて貯めたお金の3分の2を、この田舎町の変化を見守ることに使おうと決めた。

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