◎Deep in Myanmar ミャンマーの深層  日常の中の疑問符 ミャンマーのそこが知りたい 「ミャンマー人と占いにまつわる話」

先月10日、ミャンマーのみならず東南アジアでも有力な政治家や実業家に影響を与え、「天才」といわれた占い師のスウェ・スウェ・ウィン(Swe Swe Win)さんが、ヤンゴンの自宅で58歳の若さでお亡くなりになった。

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     先月10日、ミャンマーのみならず東南アジアでも有力な政治家や実業家に影響を与え、「天才」といわれた占い師のスウェ・スウェ・ウィン(Swe Swe Win)さんが、ヤンゴンの自宅で58歳の若さでお亡くなりになった。
     ローカル紙の「FRONTIER MYANMAY」は、「特に病死でもなく、彼女は眠っている間に自然に、そして穏やかに亡くなった」と、甥で俳優のSi Phyoさんのコメントを報じた。彼女は自然死に近い状態でこの世を去ったことが明らかになったのである。
     彼女は、S・スピルバーグ監督のSF映画「ET」の主人公に似ていることから、「ET」の愛称で親しまれていたが、生前、心不全で早期に死亡すると、ご自身のことを明言していた。そして来世では「とてもかわいくなる」とも言っていたそうである。
     スウェ・スウェさんは耳が不自由な上、話すこともできなかった。しかも歩くこともままならなかったそうだ。そのため、訪れる顧客とは、本人は全く喋らず、姉妹が通訳したり、書面に書き印したりして、占いを行っていたという。また占いのために訪ねて来た人の財布に入っている紙幣の番号をずばり言い当て、当たらなかったらお金を受け取らないことでも有名だったそうだ。
     彼女が占いを始めたのは1987年、28歳の時だった。以後30年間、ヤンゴンの郊外などで占いを行ってきたが、彼女の能力を聞きつけてやってきたのが、1992年から約20年間にわたってこの国のトップに君臨したあのタン・シュエ(Than Shwe)元上級大将だった。
     タン・シュエ氏が2006年に首都をヤンゴンからネピドーに遷都したのは、スウェ・スウェさんの助言によるものだったとの噂が、今でもまことしやかに流れている。また彼女の顧客には、タイのタクシン・チナワット(Thaksin Shinawatra)元首相など、海外の著名人も多かったという。
     こうしたスウェ・スウェさんの例を出すまでもなこうした伝説の占い師スウェ・スウェさんを例に出すまでもなく、ミャンマーは知る人ぞ知る占いの天国だ。ミャンマー人にとって「占い」とは、まさに生まれた時から始まるといっても過言ではない。
     ミャンマーの占いの場合には、必ず生まれた曜日が重要になる。だから各家庭でも両親によっては、何曜日生まれの子供がほしいからその曜日に帝王切開で子供を産むということも珍しくないそうだ。
     日本も占いに関しては高島易断、四柱推命など、古くから伝わる占い方法が沢山あるが、ミャンマーはその数、浸透度に置いて日本の比ではない。たとえば国内に数多くあるパゴダ寺院の周囲には、必ずと言っていいほど占いの店が軒を並べており、口コミやフェイスブックなどで評判となった占い師の店には、早朝から順番待ちになるほどだ。
     「何曜日に生まれたか」という情報は、占いにとって正確度を期すためには必須の情報となるが、占い師によっては生まれた時間まで要求する方もいるという。より精度の高い診断ができるためだそうだ。
     ちなみに水曜日に関しては午前と午後にを分け、1週間を8曜日と捉えて占うケースも多いという。しかし最近の占い師は曜日自体には余りこだわらずに、手相を見て、次はタロットカードを引いてなど、様々な種類の占いを総合的に参考にしながら行う方も出てきているそうだ。
     占いというと、人生の行く末の判断が主流になりがちだが、こんなエピソードも、あるミャンマー人から聞いた。その方は親類の人にお金を貸したが、なかなか返済してくれない。約束の期日が過ぎてものらりくらりと理由をつけて言い訳ばかりだったそうだ。
     そこでその人は占い師に相談した。どうしたらお金を返してもらえるか。すると占い師は何かを書いた紙ををわたし、これをロウソクのように丸めてゆっくり燃やしなさい。そして3日間続けなさいと言われた。
     そこでその方はその通りにしたところ、それから10日間して、貸した人から貸金額の3分の1が返済され、後は分割で返しますと言われたそうだ。これは完璧に解決したケースではないが、少なくとも占い師のご利益はあったようだ。余談だが、男性占い師のことをミャンマー語では「サヤー」という。先生、その道の専門家、尊敬する目上の人、雇用主など敬称の意味で使う。女性の占い師の場合は先生は「サヤーマー」だ。、ミャンマーやタイでは占いや占星術が広く信用されており、何か問題や悩み事があると、行きつけの占い師や口コミ聞きつけた占い師のもとを訪れる方が実に多いという。昨年にはタイ軍事政権のプラユット暫定首相が占い師の助言を受けたことを認め話題になった。余談だが、首相は「占いはアート」だと言い放ったそうだ。こうした伝説の占い師スウェ・スウェさんを例に出すまでもなく、ミャンマーは知る人ぞ知る占いの天国だ。ミャンマー人にとって「占い」とは、まさに生まれた時から始まるといっても過言ではない。
     ミャンマーの占いの場合には、必ず生まれた曜日が重要になる。だから各家庭でも両親によっては、何曜日生まれの子供がほしいからその曜日に帝王切開で子供を産むということも珍しくないそうだ。
     日本も占いに関しては高島易断、四柱推命など、古くから伝わる占い方法が沢山あるが、ミャンマーはその数、浸透度に置いて日本の比ではない。たとえば国内に数多くあるパゴダ寺院の周囲には、必ずと言っていいほど占いの店が軒を並べており、口コミやフェイスブックなどで評判となった占い師の店には、早朝から順番待ちになるほどだ。
     「何曜日に生まれたか」という情報は、占いにとって正確度を期すためには必須の情報となるが、占い師によっては生まれた時間まで要求する方もいるという。より精度の高い診断ができるためだそうだ。
     ちなみに水曜日に関しては午前と午後にを分け、1週間を8曜日と捉えて占うケースも多いという。しかし最近の占い師は曜日自体には余りこだわらずに、手相を見て、次はタロットカードを引いてなど、様々な種類の占いを総合的に参考にしながら行う方も出てきているそうだ。
     占いというと、人生の行く末の判断が主流になりがちだが、こんなエピソードも、あるミャンマー人から聞いた。その方は親類の人にお金を貸したが、なかなか返済してくれない。約束の期日が過ぎてものらりくらりと理由をつけて言い訳ばかりだったそうだ。
     そこでその人は占い師に相談した。どうしたらお金を返してもらえるか。すると占い師は何かを書いた紙ををわたし、これをロウソクのように丸めてゆっくり燃やしなさい。そして3日間続けなさいと言われた。
     そこでその方はその通りにしたところ、それから10日間して、貸した人から貸金額の3分の1が返済され、後は分割で返しますと言われたそうだ。これは完璧に解決したケースではないが、少なくとも占い師のご利益はあったようだ。余談だが、男性占い師のことをミャンマー語では「サヤー」という。先生、その道の専門家、尊敬する目上の人、雇用主など敬称の意味で使う。女性の占い師の場合は先生は「サヤーマー」だ。なお、ご自分の生まれた曜日については、我々日本人は正確に把握している方は少ないようだ。ましてや生まれた時間などは親に聞かないとわからい。ミャンマーの占い師は 外国人には生まれた時間まで尋ねる方は少ないが、曜日を割り出す方法はネットをみればいくらでもその方法が出ている。
     一方、ある面ではミャンマー以上に占いへの依存率が高いといわれるタイは、歴代の王様も然り、前述したタクシン元首相ヤプラユット首相などの政治家から一般庶民まで、物ごとの判断には占いが拠り所になるという。結婚、家を建てるとき、仕事を辞めべきかどうかなど、タイの人々は折に触れて身近な占い師に相談するのが当たり前のようだ。
     タイの占い師は、モードゥー(หมอดู)と呼ばれるそうで、これは「見る医者」という意味を持つといわれるように、いわばその人の人生を診断するお医者さんという解釈で、それだけ信頼されている証拠かもしれない。
     余談だが、ラーマ1世は仏暦2325年(西暦1782年)4月21日に、首都をバンコクに遷都したが、この日は「ホーラサート」という占いによって決められたという。タイには数えきれないくらい多くの種類の占いがあるが、よく知られているのは12種類だそうだ。その中でもバンコク遷都に用いられた「ホーラサート」は、タイで最も古いと言われる占星術だ。その昔は都市計画にも活用されていた。生年月日や生まれた時間を基準に、丸い円の中に数字を書き込んで占うスタイルだが、習得は非常に難しいう占いだとされている。
     ともあれ、ミャンマー、タイに限らずアジアは占いが盛んである。政情、社会的な不安がなくなれば、こうした占いへの依存は減るかもしれぬが、昔から信じてきた慣習はそう簡単に消え去ることはないだろう。

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