◎今月の視点 モラルや社会道徳の構築は国家ではなく、国民個々の自覚に

新年を迎えたミャンマー。昨年暮れから1月後半までは、朝晩の気温が15度前後ぐらいまで下がり、ここでは少し異常な寒さ?だった。

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例年にない異常気象で寒さ?に耐える 暑さが戻り日傘が開く季節の到来に

新年を迎えたミャンマー。昨年暮れから1月後半までは、朝晩の気温が15度前後ぐらいまで下がり、ここでは少し異常な寒さ?だった。日本の寒波を思えばお叱りを受けそうだが、実際、邦人でも、この時ばかりは冷房機能しかないエアコンを恨めしく思った方も多かったようだ。しかし、2月に入り、ヤンゴンには例年通りの「暑さ」が戻ってきた。むろん現金なものでエアコンの冷房も全開気味である。そうなると日中は上着を脱ぎ捨てたヤンゴン女性たちの日傘が花開く。これもまたヤンゴンの風物詩で、ことに、逆光の中では、カラフルな民族衣装のロンジー姿の女性と日傘のシルエットがまことに情緒的で、目に焼きつく。
しかしドライバーの目線に立つと、視界が散漫になる日傘の歩行者には、かなり神経を使うらしい。というのも、この国にはいわゆる任意保険がない。事故が起きたら当事者同士で賠償交渉して示談にするか、それでらちが明かなければ警察を呼ぶ。が、ミャンマー人はこれには難色を示す。長時間の事情聴取の上、どちらに非があるかの最終判断までさらに時間と労力を使うからだ。この国で車を運転することはかなりの覚悟がいるし、忍耐も必要だ。

朝夕の通勤道路の混乱状態が日常的に マナーの悪い運転者に癖々する

ヤンゴンには環状線はあるが、本数が少なく、時間も不正確で速度が遅いので通勤には不便で、どうしても路線バスか、トラックの荷台を客席に改良したフェリーと呼ぶ輸送手段に集中してしまう。隣国のように地下鉄やモノレールがないため、車に依存せざるをえないのが現状だ。朝夕の通勤時は、タクシー、乗用車やこれらバスが交錯し、その上横断歩道が少ないから、バスから下車した人々、歩行者、名物のサイカー(輪タク)などがまるで曲芸のように幹線道路を横切るからまさに戦争のような緊張状態が続く。ヤンゴンはバイク禁止だからまだ救われるが、それでも車優先のこの国では、歩行者は肩身の狭い思いを強いられる。横断歩道や路地などで当然車が譲ると考える外国人は、蹴散らすようにクラクションを鳴らして突っ込んでくる車に唖然とする。これがあの心優しきミャンマー人なのかと、思わず目を疑う。
 交差点には交番のようなBOXがあり、交通警官がつめ、信号無視や斜線変更などには厳しい目を光らせている。だからこの手の違反は少ない。大半が右ハンドルの日本車で右側通行という変則的な形態も、運転技術が比較的優秀だからさほど大きな問題にはなっていない。困るのは駐車だ。経済活動範囲が限られた地域に集中し、いわゆる抜け道的な迂回路がきわめて少ないから、仕方なく渋滞道路に押し寄せる。
 そこで荷を降ろしたり、所用で駐車したりするが、狭い路地裏などは路駐車両で満杯。そこへ無理やり入り込もうとするから何度も切り返しをして後続車両が渋滞。幹線道路でも、2重駐車は当たり前、学校のお迎え時間になれば3重4重になり、5車線道路が1車線になって長蛇の列。雨季にうっかりしたタクシーに乗り、この渋滞にはまってエアコンがなければサウナ状態で、もう地獄だ。
こうまでしてこの国に自発的に住んでいるからには、この程度の試練はどうってことないが、我慢できぬのは、ドライバーの多くが唾や痰を平気で吐き、うがいした水を車外に飛ばすことで、赤茶色の噛みタバコのカスを口から吐き出すのを見ると、もう虫唾(むしず)が走る。

権利と義務は表裏一体である意識を 日本人のよい面はぜひ見習うべき

こうしたマナーの悪さは、何も車やドライバーに限ったことではない。たとえばスーパーのレジやイベントの入場口などでも外国人はきちんと順番を待っているのに、この国では隙あらば割り込んできたりする人間が実に多い。腹が立つのは店側も周囲の人間もそれをとがめることなく黙認していること。欧米ならもの凄いブーイングにあい、罵声が飛ぶ。
 税金の問題にしても同じようなことがいえる。義務意識が欠落しているのではと、言いたくなる。だから大企業でも平気で脱税したり、個人レベルでも税金を払わないのが当たり前のような風潮だ。税収がなくて、どうして国家が成立し、国民の権利を主張できるというのだ。
はっきり申し上げよう。この国の人々は、未だに「みんなで渡れば怖くない」的な思考で社会のモラルやルールを無視、いや軽視しているのではなかろうか。
だとしたら大きな間違いである。そして少し苦言を呈したりすれば、ミャンマーはまだ民主化になったばかりだから、とか、発展途上国だから、などという言い訳がましい弁解を聞くことになる。だが、そうではない。インフラや法整備には時間が必要かもしれぬが、マナーや社会の道徳観は、個人個人が自覚し、自戒の意識を持つようになれば、劇的に変化するだろう。
途上国と先進国の違いをひとつ挙げるとすれば、それは社会と国民が、マナーやルールをつくり出し、自制させ、違反に対して厳しい目をむけ、弾劾を加えるかどうかの意識の差だろう。ことに、国の根幹を揺るがす、税、食品、環境破壊などや生命を脅かす交通ルールなどにはとりわけ厳しい目が注がれる。中でも日本は、世界でも有数の基準と学習能力を持つ国で、だから他の追従を許さない秀逸な製品を産み出している。むろん、日本人とて偉そうなことをいえぬ面もあるが、社会や国としてののモラルの高さはぜひ見習って欲しい。
もういい加減目覚めて欲しいと思う。いつまでも「引かれ者の小唄」のような、ネガティブなたわ言を吐くのはおやめなさい。豊かな資源や自然に恵まれ、知的水準も高く、何より崇高で慈愛にみちた上座仏教徒が大多数を占めるミャンマーである。一人一人がちょっとした自覚をもてば、一変しておかしくない素養が十分にある、と考えるのは決して私一人ではないはずだ。 それだけに「可愛さ余って、、、」になってしまうのをお許しいただきたい。

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