◎今月の視点 真の「近代化」とは、健常者が弱者を労わりながら推進していくもの

例年のこととはいえ、先月2月の日本の寒波はことのほか厳しかったようだ。

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2月は温度差が30度以上に 真夏に突入したヤンゴン

例年のこととはいえ、先月2月の日本の寒波はことのほか厳しかったようだ。こちらから帰国なされて、大雪で首都圏の交通が麻痺し、空港で足止めを余儀なくされた方々もかなりいたという。他方、こちらへ向かう直行便の機内では、「ヤンゴンの気温30数度」というアナウンスが流れるたびに、乗客の間からドッと歓声があがったそうだが、わずか7時間前後のフライトで、実に30度以上の温度差に直面するわけだから、この時期の訪問者は身支度だけでも大変だ。
そのヤンゴンは、3月を迎えて夏本番到来かといった感じだが、来月4月のお正月に当たる水祭りには、日中は40度前後の酷暑になる。そうなると富裕層は、このシーズンにはヤンゴンを離れて、シャン州の高原地帯や北部の別荘地やリゾート地へ逃避する方々が増えてくる。

久々に訪れたリゾートでの憂鬱 生まれたヤンゴン回帰への願望

避暑や避寒といえば、日本でも暮れ正月のハワイは定番になっている。若い頃、欧米カルチャーにどっぷり浸かっていた当方も、かつては時間と懐具合に余裕ができれば、かの地で悠久のひと時を過ごしたものだった。しかし、ここ10年は足を向ける機会を失っていた。
ところが、ヤンゴン暮らしを始めて1年半を過ぎたころ、ひょんなことから急な仕事が舞い込み、久しぶりにこの常夏の島と西海岸へ行くチャンスが巡ってきた。もちろん、世界屈指のリゾートだけに、この南の島は相変わらずのホスピタリティの高さであったし、物欲的には何ひとつ不満はなかった。が、精神的には、以前とは異なる妙な違和感を感じたのには戸惑った。それは滞在中常につきまとい、終盤には恥ずかしながら、歳がいもなくホームシックにかかり、無性にヤンゴンへ帰りたくなってしまった。帰路の機内で、この感情は一体何だろうとずっと考え続けていた。

画一主義がもたらす空虚感 生きている社会という実感

1960年代初頭、作家の故小田実氏が書いてベストセラーになった「何でも見てやろう」という旅行記がある。今考えるとこれは秀逸な文明評論記といえるが、半世紀も前に、氏はすでに物質文明の究極にある画一主義への警鐘を鳴らしていた。この当時でさえ米国では、スーパーのチェーン店の商品陳列はマニュアル化され、NYでもロスでも目を閉じてもどこに何があるかがわかったという。ファーストフード店も然りで個人の嗜好や考え方までパターン化され、画一化された社会に閉じ込められた人間の虚しさを指摘していた。今回のアメリカ再訪で感じた違和感の原因は、まさにこの空虚感に他ならなかった。だからヤンゴンに戻り、街の隅々で懸命に生きようとしている人々の表情や叫び声や無秩序な喧騒に触れ、鼻を突くような強烈な香辛料の匂いを嗅ぎ、アメーバのように日々拡散するエネルギッシュな社会を再び目の当たりにしたとき、言い知れぬ安堵感を覚えたものだった。当方がこの国に惹かれてやまない理由のひとつは、ミャンマーがかつての日本のように未だ激しい拡散を繰り返しており、その渦中に再び自分がいるという実感に浸れるからでもある。

弱者への配慮を忘れ去った街 アナログ文化の風情と魅力

 拡散する社会はいずれ時を経れば集約され、画一化へと向かうのは必然だ。ミャンマーとて例外ではないだろうが、荒っぽい変革だけはご免こうむりたい。隣国の例を引き合いに出して申し訳ないが、バンコクは20年前に比べると見違えるような近代都市になったように見えるが、仔細に検証すると、街は道幅が極端に狭く、露天商がその歩道をふさぎ、その上段差が随所にあるから実に散策しずらい。ホテルや商業施設もなぜかやたらと段差をつけ、そのくせスロープを設けているところはきわめて少ない。一見便利のように思えるモノレールでも、上りのエレベーターはあるが下りはほとんどない。これでどうして身障者やお年寄りがスムーズに利用できるというのだ。健常者でも、大きな荷物を抱えて階段を下りるのは骨が折れる。近代化を急ぐ余り、社会的弱者への配慮がおざなりにされているような気がしてならない。
その点ヤンゴンはまだ救われる。道路は傷んで未修復の部分は多いが、一応散策にはそれほど不快感と不便さは感じない。高架線はないが、お年寄りでも気軽に利用できるサイカー(輪タク)がある。しかも圧倒されるほどの豊かな緑が街を包み、人造湖だが2つの湖がオアシス的な存在になっている。幹線道路にはよく手入れされたグリーンベルトが走り、街の景観も目にやさしい。表現は悪いが、600万都市ヤンゴンでもまだまだアナログ文化の風情と懐かしさが随所に残されており、ここに魅かれる邦人の方々も少なくないのだ。
だから慌てることはない。急ぐ必要もない。ゆっくりと時間をかけて街づくりと近代化を進めていただきたい。そして少なくとも弱者の方々がそうでなくなったとき、取り残された人々がこの街に留まれることを祈ってやまない。

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