◎Bagan 通信 第2回 「オールドバガン-1」

バガンの中心「オールドバガン」の見どころは、何と言っても王朝時代の巨大寺院群です。

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    バガンの中心「オールドバガン」の見どころは、何と言っても王朝時代の巨大寺院群です。王宮跡付近に点在する寺院やパゴダはこの古都の象徴で、近隣諸国の仏教遺跡とはまったく異なる独特の様式の寺院建築を見ることができます。
     ミャンマー仏教にとってバガンは原点であり、ミャンマー人にとっては一生に一度はこの聖地へ行きたいという憧れの地です。また「オールドバガン」には歴代の王が寄進した建造物が多く、それぞれの寺院の由来はミャンマーの歴史そのものといえます。バガン王朝滅亡後も18世紀に至るまで、各時代の王はこぞってこれらを修復したと伝えられていますが、それだけ後世への影響力も強かったわけです。東南アジアの列強だったバガン王朝はミャンマー史上最大にして最強の王朝だったので、ミャンマー人の想いも特別にならざるを得ないのでしょう。
    「オールドバガン」の城壁内には、1990年時点で約6000人が暮らしていました。現在「ニャウンウー」の人口が2万人、「ニューバガン」が1万人であることを考えると、1つの村としてはかなりの人数が居住していたことになります。住民の生活は主に農業や漁業、そして生まれたばかりの観光によって支えられていましたが、時の軍事政権がバガンを考古学保護地域に指定し、「景観を損ねる」という理由で住民を一斉に排除します。「オールドバガン」の住民は強制移住を余儀なくされ、代替地として「ニューバガン」の土地が与えられることになります。つまり現在の「ニューバガン」の住民は、そのほとんどが出自は「オールドバガン」なのです。

    現在パゴダや寺院以外は何もない素晴らしい景観がバガンの最大の魅力ですが、これが実は軍政の強権発動によって守られたという事実は、観光発展という視点に立てば軍事政権の最大の功績といえるのでしょうが、住民の想いを考えると複雑な心境になります。遺跡保護政策は徹底されていて、保護地域となっている「オールドバガン」はすべての建築が禁止、「ニャウンウー」なども含めたバガン域内にも30フィートの高さ制限があり、また私有地であっても農業用地に建造物をつくることなども禁止されているのです。
     ともかく、軍事政権のおかげでこの街は類を見ないほど広範囲にわたる遺跡群となりました。その上年間を通した晴天率の高さや、日月を測ることを前提とした建築が施されていて、数多くの寺院やパゴダから朝日や夕日が美しく望めることで、いまや世界中の観光客を魅了してやまないミャンマー随一の観光地となっているのです。

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