◎発見|Discovery ティーポー Thi Paw (Hsi Paw)

北シャン州に位置し、手つかずの雄大な自然に囲まれたこの町を散策していると、まるでトレッキングをしているような感覚を覚える。

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北シャン州に位置し、手つかずの雄大な自然に囲まれたこの町を散策していると、まるでトレッキングをしているような感覚を覚える。エヤーワディー河の支流である「Doh Ta Waddy 河」 (ドッタワディー河)が町を包むように流れ、その景観が誠に魅力的で、ここに暮らす人々の生活をサポートしているようにも見える。1962年まで意気軒昂だったシャン王子のかっての宮殿も歴史的に一見の価値がある。果物畑が広がり、未だ自然と共存している素朴な風情を残す北部シャンの魅力は尽きない。人なっこい地元の人々の笑顔に触れ、歴史をかみしめながらこの高原の町を旅してみることにした。

ピンウールイン~ティーポーへ

朝6時半にホテルを出た。ピンウールインからティーポーまで88マイル(約140キロ)で、シャン州の中心都市ラーショウへの途中にある。ここティーポーもピンウ―ルインと同様に高原のさわやかな気候で、相変わらず気分は爽快だが、車窓から見る風景が少しずつ変化していくのに気がついた。道の両側にシャン州を代表する松の木がうっそうと生え、30分ほど松林をが続き、緑の山道を上がっていくと、そこがすでに北シャン州であった。Kyauk Me、Naung Choなど、自然との共存の美しさで有名な町を通ってきた。
天気が良かったせいで、世界的に知られる「Gok Htaik高架橋」を遠景から望むことができた。地上からの高さ91メートルの深い渓谷をつなぐ鉄道が走るこの高架橋は、海抜は335m、全長689メートルで、1901年、植民地時代に英国によって構築された。かつては世界最長と言われた高架鉄道橋だった。しかし113年間経ったこの鉄道は、この国の商人たちのビジネスを支え、経済活動に重要な役割を果してきた。
ちなみにピンウールインからティーポーまで、列車の場合だと約3時半程度だが、Naung Cho 駅を過ぎて少し行くと「Gok Taik高架橋」を通過するが、ここからの息を呑む眺望を乗客たちに堪能してもらうため、列車は歩けるぐらいにスピードを減速してくれるそうだ。ピンウ―ルインを出て2時間ぐらいすると、シャン料理の店が視界に入るようになったので、車を止めてそのうちの1軒に入ってみた。ここではやはり本場の「シャンカウスウエー」(シャンヌードル料理)が定番で、その美味しかったこと。

10時にティーポーに着いた。ここの名産はスイカ、ライチー、茶葉などと聞いていたが、トゥモロコシやみかん畑も広がっていた。
ドッタワディー河が町を包むように流れている。亜熱帯のミャンマーとは思えないほど気候の涼しさに驚いた。リゾートの町ピンウールインと商業都市ラーショーの中間にあるが、この町はアウトドアを楽しむ絶好の環境が整っている。とくにトレッキングツアーは有名だ。自転車をこぎながら、町をゆっくりと走り回る欧米人グループの姿も目立つ。

ボーギョーパゴダ (Bo Gyo Pagoda)

1174年にバガンのNarapati Sithu 王が寄付したとの伝説がある。その王が即位したときに、シャン族とビルマ族を融和団結させるために、このパゴダに祈願の心を入れたともいわれる。毎年3月の満月の日を含め、約1週間このパゴダの祭りがある。茶葉畑に暮らす普通あまり見かけない民族まで参拝に来たりするそうだ。むろん効能が高いと信じられ、女性は中に安置されている仏像までは近づけない。ティーポー橋を渡って、ティーポー宮殿に向かった。シャン州は大古の昔からこの地方の王が統治してきた。シャン語では王のことを「ソーブア」というが、1962年に政権についた故ネ・ウィン氏の統治政策により、88代目の王ソーブアは捕えられ、シャン州を含めた国家統一が行なわれた。そうした王家の歴史を物語るシャン族の最後の王が住んだのが「ティーポー宮殿」である。
この宮殿は、現在ティーポー王の甥子さんの家族が守っている。歴史的にはシャンソーブアの最後の王として知られるSao Kya Seng(1948-1962)の物語は、甥子さんの奥様が丁寧に説明してく れた。王子の時にアメリカの大学に留学し、かの地でオーストラリア人女性と恋愛関係になり、1951年にコロラドで結婚した。その3年後にシャン州に戻った。ところが、新妻のInge Sargentさんは、彼が王子であることは全く知らずにシャン州まで付いて来た。当時は側室を持つのが普通であったが、王は西洋のシステムの一夫一婦制度を取り入れた最初の王でもあった。前記したネ・ウィン氏の国家政策で、王は逮捕され、消息は途絶えた。その3年後の1964年に妻のInge Sargentさんはアメリカに避難したが、現在も存命で今年82歳なるという。母国へ帰った彼女は、その後「Twilight over Burma : MY LIFE AS A SHAN PRINCESS 」という本を出版した。書にはSao Kya Seng王と二人の娘とティーポーに暮らした生活の回想と、この町の発展に尽力したことなどが書かれている。ティーポーはこうした歴史を持つ町である。
余談だが、50歳以上なった二人の娘は現在イギリスにいるが、父の消息がはっきりすればミャンマーに戻りたいという。
ティーポー宮殿のオープン時間
午前9:00時~12:00、午後3:00~6:00

夜はドッタワディ河畔の「ティーポーリゾートホテル」に泊まった。各種ツアーサービスも用意されているので、早朝出発のボートトリップを予約して、朝7時にリゾートを出発した。ホテルのマネージャーと地元のスタッフがこのトリップに同行し、案内してくれた。 Nammatu河とNamma 河合流地点の上流まで40分のスリリングなツアーで、その人気の理由が分かるような気がした。この河には観光客のボートだけではなく、大勢の地元の人々を乗せた船もすれ違う。その乗船客たちは皆派手な服装で幸せそうな表情をしていたが、どうやらお寺で祭りがあるとのことだった。ちなみにそのお寺は船でしか行けない場所にあるため、大きな祭りのときはこうして船を使ってでも参加するそうだ。河畔に広がる竹林が印象的だった。ミャンマーの母なる大河「エーヤーワディ河」の支流であるドッタワディ河は、マンダレー付近でそのエーヤーワディ河に流れ込むが、ここからドッタワディ河になる過程にあるNammaTu河とNamma 河の合流点の美しさをが目に焼き付いている。

合流点からの帰路、10分くらいしてSon Lon というシャン民族の村へ着く。小さな階段が見えたが、それが村への入り口だそうだ。村に入ってここに居住する方の家を訪問させていただいた。高床式の家が建ち並び、その周りをライチーの木が囲んでいる。訪問した家で「シャンティー」(シャンのお茶)を出していただいたが、お茶菓子が蜻蛉揚げだったのにはびっくり。これは食用ですかと聞いたら、地元のおじいさんは「蜻蛉はこの季節に良く食べるよ。美味しいから全部召し上がりなさい」と笑顔を見せた。 「ここは緑に恵まれ、いい村だよ。昔はみんなお金持ちだったの。ミカン、ライチー、トウモロコシなどが沢山採れたよ。でも、1986年に洪水にやられた。河が増水して本当ひどい状態になった。それで皆家を捨てた。それからこの村の畑には何も植えなくなった。今はのんびり暮らしたい人だけが住んでるよ」とやや寂しげな表情で、村の歴史を語ってくれた。
30分ほど村を回ってみた。シャン伝統のお寺では、仏教とはまた少し異なる仏様への供え物が目に入り、印象的だった。Son Lon 村の駅などへもトレッキングのように散策した。この村から宿泊先のホテルまでは、今度は下流になるので10分くらいで着いてしまった。
その後は、ティーポー市職工会長のミカン農園を見学した。またティーポーでは“Little Bagan ”と呼ばれるパゴダ群も観光客に人気だ。なかでも最高の景観と評判の「ティンタウンパゴダ」へ足を運んだ。曲がりくねったジグザグの山道を越えてパゴダのある山頂へ着いた。ここから眺める町全体の景観は息を呑む美しさで、山路を歩いてきた疲れも吹き飛んだ。
自然の美しさと素朴な人々に触れ、ティーポーの魅力を堪能できたが、ここは都会の騒がしさとは無縁の静寂感と、圧倒される程の豊かな緑と植物群は、小さな町だが、外国人観光客を魅了してやまない。時には都会を離れ、のんびりと時間を忘れてトレッキングをするなら、この北シャン州のティーポー町を訪れることを勧めたい。

ティボ―を後にして北シャン州のラーショーへ向かった。1903年にマンダレーと鉄道で繋がった町だが、現在ではシャン州有数の商都になっており、人口も増えつつある。また、寒暖の差が激しいことでも知られ、酷暑の時期は40度までで上がり、寒冷期には2度まで下がる。ラショーは俗称「ビルマロード」の端に位置し、Mandalay –Kun Lon 鉄道の末端にある。また政府が作った輸送道路のミャンマー側終点までは178イル(約286キロ)もアfる。見所はやや少ないが、中国国境にあるため、経済的には大国の影響下にある。ラーショウへはヤンゴンから飛行機、バス、鉄道(マンダレートランジット)と交通網は整っている。またラーショー大学、コンピューター大学、技術大学、看護婦大学など教育機関設備が揃っているのもこの街の特色だ。ここを訪れる前までは中国色が強いと思っていたが、実際はシャン族、ビルマ族、インド人、中国人など雑多な民族が混在していた。さすが、経済優先の商都である。

ラショ―の温泉

ラーショー温泉があると聞いて早速行ってみた。日本の温泉のように湧きだす湯で温泉卵をゆでることもやっていた。2分でゆだるという。入場料は外人3ドル(バスルーム使用料済み)。ただし、温泉に入るときは、肌を露出した服装では入場できない。昼食は外国人に人気の店を地元運転手さんに案内してもらった。インド料理店を勧められたが清潔感があり、涼しい雰囲気がよかった。料理も旨くて一皿2000Ks。美しい山に囲まれた風光明媚な自然の名所を巡った。商都だけあって、活動的で生き生きとした印象のこの街は、北部シャンの中心都市としてさらに発展して行くことを予感させた。

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