◎第10回 テリー先生ヤンゴン滞在記

もったいない 自転車の行く先

目次

    大学に勤務していた時に、毎年3月、多量の自転車が校内に放置され撤去の警告のタグが貼られるのだが取りにこないから、トラックで業者が引き取りにくる。
    駅前の自転車置き場も同じような光景を目にする。
    まだ、使えるのに廃棄処分になるのか?もったいないと思う人は私だけではないと思う。インターネットで調べると、左のようになっている。輸出業者がどこに輸出するかというところまではわからなかった。たまたま行ったメソットというタイとミャンマーの国境の町で、懐かしい放置自転車の山を見た。思わず、ここだったのか!とつぶやいてしまった。

    「張り紙をして2ヶ月程度持ち主が現れ
    ない車両の所有権は市町村に帰属する」
    その自転車の多くの行き先は
    ・金属回収業者
    ・自転車販売店
    ・輸出(業者

    まだ充分に使える自転車が金属業者に売られ鉄くずになるのは、もったいなさすぎる。自転車が作られるまでに多くの人たちの汗と努力がある。
    世界の何処でもいいので再利用されれば、製造メーカーの人たちも嬉しいに違いない。
    ミャンマーの自動車は90%以上が日本の中古車だ。自転車は外見から製造メーカーを知るのは難しい。近くによって見ると、〇〇高校とか静岡警察署とかのラベルがついてる。ヤンゴン市内はオートバイの走行は禁止されている。どうも自転車も規制されているようだが、いままで、停止を求められたことがない。自転車で走ることの注意は、自動車が最優先の社会である事を認識する事。
    それから幼稚園から教わった「右見て左見て横断歩道を渡りましょう」が間違いであることに気がつかなければならない。左見て右を見なければならない。
    ミャンマーは車が右側通行だから、左から車が来る。
    交差点でトラックと私の自転車がぶつかり、転倒、自転車がトラックに踏みつぶされたことがある。
    私は交差点を直進、トラックが小道から右折しようと出て来た。私はてっきりトラックが止まるものだと思って
    しまい、直進した為にトラックにぶつけられてしまった。多くの人が集まって来て、警察にいけとか、言っているようだが、私はミャンマー語がわからない。
    トラックの運転手は私にあやまっているようだが、怪我も無いので、壊れた自転車を引きずり1時間、家まで自転車を押して帰った。この事故の教訓はミャンマーは自動車優先社会であることを肝に銘じる事だ。

    ヤンゴンでの自転車の値段はママチャリで20,000〜35,000チャット。日本円では2,000〜3,500円である。
    放置自転車が再利用されていることは嬉しいことだ。なかには、盗まれて悔しい思いをしている人は、ミャンマーで貧しい人が喜んでいると思へば、少しは気が晴れるのではないか。インターネットで自転車について調べていると、放置自転車を使い、貧しい子供達に自転車修理の方法を教え、彼らが生活の糧を得て自立できるように支援しているグループがある事を知った。
    アメリカ人のグループでミャンマーとタイの国境の町、メソットでハンバーグ屋と自転車を開いているFamous Raysというグループだ、思いついたらすぐ行動に移すのが、私の老後の生活パターンで、早速会いに行った。Kaylaという長身のテキサス女性がいろいろ説明してくれた。日本からの放置自転車がこのグループによって、新品同様に改造されている。
    ミャンマーの貧しい子供達に自転車修理を教えて自立する事を教えている。とても好い活動だ。

    現在注目されている東西廻廊(ベトナムからインド洋まで)がタイ国カンチャナブリからミャンマーのダウエイまで建設されている。カンチャナブリの地に、このアメリカ人の活動のような拠点を日本人の有志で構築することを計画している。カンチャナブリには子供の森学園という家庭内暴力を受けて行き場のない子供達を保護、教育する団体がある。自転車修理の話をしたら、賛同を受けた。バンコックから車で2時間のカンチャナブリ、インド洋までは150km、車で4時間の距離にある。
    東西廻廊の玄関であるカンチャナブリで、子供達へ放置自転車を教材に機械いじりを教え、ミャンマー南部の地域に販売するなど、自立する道を作りたい。
    NPO法人放置自転車で明日への道作り(仮名)をタイ国で設立計画しています。是非、ご興味あるかたはご連絡ください。宮川照男 teruomiyagawa@gmail.com

    <テリー先生>
    本名宮川照男。1949年、平塚市生まれ。早大理工学部卒業後、山武ハネウエル(株)入社。
    1988~1992年、同社米国駐在所長を経て独立。野菜工場設備会社(有)アイエスエス設立。スプラウト栽培を日本に紹介、普及させる。その後、東海大学湘南キャンパス、チャレンジセンター特任職員として「ものつくり」「環境キャラバン隊」などを指導。2012年退官し、2013年5月より、ヤンゴンにて農業視察、調査を開始。
    Yezin Agricultural 大学の学長らと、ミャンマー農業支援について討議を重ね、現在、同大学とヤンゴンのElephant Seed 会社と種子生産についての技術提携を計画中。小型飛行機操縦士免許取得。

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