◎特集-2 ミャンマーの消防防火体制はどうなっているのか 「カンドージパレスホテル」火災から学ぶ教訓はあるのか  国際化に向け今一度主要施設の点検、査察の実施を

 先月19日の未明、ヤンゴンの名門「カンドージパレスホテル」で火災が発生。日本人を含む2人の方が犠牲になった。原因は未だ特定できず、警報装置も作動しなかったとの証言もある。そこでこの火災を機に、ミャンマーの消防防火体制はどうなっているのか、検証してみた。

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    ヤンゴン市内のほぼ中心、人造湖のカンドージー湖畔に建つ「カンドージーパレスホテル」は、英国植民地時代に創られた5階建ての由緒あるホテルであった。当時は英軍の将校クラブとして使用されていたという。高価なチーク材をふんだんに使った本館の最も古い部分は、今から約88年前の1930年ごろに建造されたという
     ヤンゴンでは、インヤ―湖に面した「インヤレイクホテル」と並んで、リゾートホテルのような雰囲気を漂わせる宿泊施設で、とくにカンドージの方は、豊かな樹木のなかに宿泊施設やアウトドアの設備を配し、南国のトロピカルムード一杯のホテルとして、外国人観光客には根強い人気があった。
     このホテルは5つ星で客室は全185室。3軒のレストランのほか、ナイトクラブおよび2軒のバー/ラウンジがあった。他に、敷地内にはプールサイドバー、コーヒーショップ/カフェなども設けられていた。
     出火は10月19日の午前3時ころだった。木造建築のホテルは本館を中心に瞬く間に燃え広がり、消防車計80台が駆けつけ消防士約500人が消火にあたったが、鎮火には約4時間もかかり、朝7時にようやく消火を終えた。ホテルは枠組みを残して本館はほぼ全焼した。湖畔に面した別館はかろうじて全焼を免れた。
     その後焼け跡から日本人男性1人の遺体と性別不詳の別の遺体が見つかった。他に負傷者は2名で、その内の1人であるマカオの女性は、ホテルの上階から飛び降りたときに負傷。病院に搬送されたが、予断を許さない状況だという。
     警察や日本大使館によると、当時ホテルには141人が宿泊しており、出張で訪れていた東京都世田谷区の冨田雅史さん(52)が犠牲になった。。
     消防士のKyaw Kyaw氏は、「火災は電気系統の不具合で発生した可能性がある。ガスボンベの爆発が火災の広がりを早めた。」(FRONTIER MYANMAR紙より)と語っている。
     またホテルを所有する「Htoo Group」の広報担当者であるHtay Lwin氏は、記者会見で、火災の原因は依然として調査中であることや、宿泊客の損失に責任を負うことを明言。ヤンゴン管区政府のPhyo Min Thein首相も、一報を受け同日早朝にホテルに駆け付けたという。
     今後は火災の原因究明になるが、ホテルの安全と警告に関するシステムが適正に作動したかどうかということが焦点になるだろう。FRONTIER MYANMAR紙によると、複数の宿泊客は「火災警報は聞こえなかった」と述べており、ホテルスタッフがドアをノックしたことで起こされたそうだ。
     米国人宿泊客のAdrienne Frilot氏は、15~20分間ドアがノックされたが、当初は酔っ払った客だと思ったという。また、スウェーデン人の宿泊客によると、火災警報器を聞いていない上、スプリンクラーが作動したのも目にしていないという。
     Htoo Groupサイドは火災警報は作動したが、予備措置としてスタッフが客室のドアをノックしたという。さらにこのホテルに滞在していた38歳の日本人男性は、NHKの電話インタビューで、「1階の部屋に宿泊していて、ホテルの中が騒がしくなって目が覚め、スタッフが逃げるようにと部屋まで言いに来たので、すぐにパスポートと財布だけ持って外の駐車場に避難した。木造のホテルで、すごい勢いで燃えて不安だった」と語っている。この日本人男性によると、火災報知器の音などは聞こえなかったという。
     ちなみにこの「カンド―ジパレスホテル」は、北部国境地帯で林業から出発して一大財閥グループを築いたThoo Tradingsが所有している。指揮を執るのは政商といわれるテイザー会長である。
     しかしこの名門ホテルに宿泊した邦人の方々は多く、ニュースを聞いたときは一様に驚きを隠せなかった。では、どうしてこんな惨事になったのか。ミャンマーの消防体制は一体どうなっているのか。冷静になって考えると、まずそこに疑問が湧いてきた。

    ミャンマーの消防局は内務省管轄になり、いわば国家消防体制組織になっている。2005年に首都がヤンゴンからネピドーに遷都され、大半の政府機関が移転したが、消防局だけはヤンゴンの消防体制を維持するために留まった。そしてこの本部に加えて、ネピドーにも消防本部が置かれ、その下に各管区 及び州、県、市ごとに消防署が設置されている。   
     また教育訓練施設としては、マンダレーの近郊のピンウーリンに中央消防訓練学校が置かれ、ヤンゴンの本部にも訓練センターが併設されている。しかし、これらの国内施設での訓練では十分ではないため、海外で実施されている訓練に多くの職員を派遣している。日本のJICAの研修にも積極的に参加している。また、2012年からヤンゴンに新たに消防研究・火災予防教育センターを設置し、大規模火災の原因究明や市民を対象とした消防安全教育の充実を図っている。
     ミャンマーの消防職員は消防法に基づき、消防隊、消防団及び予備消防団が設置されている。常備消防隊員数は現在7千名強で、今後、全国規模で約2,3万人にまで増員する計画が立てられている。
     現状では消防職員の問題は何とかなるが、肝心の消防車両が足りない。ミャンマー消防局は現在約1,700台余り消防車両を保有しているが、他国と比較してやはり非常に数量が少ない。しかもその多くが 日本消防協会、日本外交協会、日本ミャンマー文化経済交流協会などから寄贈された中古消防車両である。
     しかし、ヤンゴンはむろんミャンマーには消火栓がない。今回のカンド―ジパレスの火災のように、すぐそばに湖水があればいいが、そうでない場合はやはりタンク付きの消防車が頼りになる。すでに20数台の消防車を寄贈している日本ミャンマー文化経済交流協会の宇野治会長によると「ミャンマーへはタンク車に改造して寄贈しなければならない」と、日本の中古車がそのまま使えない事情を説明してくれた。
     ヤンゴンに配備されている車両の一部には、GPS車載機及び車載カメラが搭載されており、その情報を一般公衆回線網により消防本部の消防指令センターに送信し、車両の位置情報やカメラ映像が表示される消防活動管理システムが、海外からの協力を得て近年整備されている。
     ミャンマーでは年間約1,000件程度の火災が発生していると推定されている。その多くは家庭や作業所等での小規模火災だが、近年は中高層の商業施設や工場などで発生する大規模な火災、爆発も増加傾向にある。
     現在、ミャンマー、特にヤンゴン及びその周辺では海外からの直接投資が活発化し、ホテル、ショッピングセンター、コンドミニアム、大規模工場等の建設が増えている。このような中で、大規模な火災・爆発に対する消防力はまだ絶対的に不足しているのが現状だ。ミャンマーの経済発展を支えるためにも消防力の充実は重要な課題となっている。
     ちなみにミャンマーでの火災の原因としては「火の不始末」「キッチン周り」「電気系統」「放火」の順になっているが、電気系統で一番多いのは、ジェネレーターへの過負荷だそうで、今回のカンド―ジパレスの火災原因もこれが有力視されている。
     それでは法的にはどうなっているのか。ミャンマーの消防法施行令には火災予防対策、製造業、軽工場、事業場及び倉庫等の火災予防対策活動、交通機関の火災予防対策活動などについて一応規定されているが、全般的に抽象的な規定が存在するだけで、予防対策を実施するための詳細な規則や実施要領等は存在していない。査察等の体制も整備されていない。現在、予防制度全般、消防用設備に関する技術基準等の策定作業が進められており、併せて消防査察、火災原因調査等の予防に係る技術者の育成や技能の向上が急務になっている。

     では隣のタイは一体どんな状況になっているのか。消防職員の数は常勤者で3200人、非常勤(義勇)を入れると211,900人の規模だという。
     しかしミャンマーと異なるのは、すでにご存じのように近代化が進んだバンコクなどでは高層建築物が増え、新しい都市型の建築物が急速に供給されてきたことだ。1980年代の終盤にから1990年代半ばにかけてタイ経済は著しい活況期を迎え、超高層、超大規模、特殊な用途・使用形態の建築物が数多く建設されるようになった。具体的には超高層のオフィスビル、ホテル、コンドミニアム、超大規模のデパート、ショッピングセンター等だ。郊外では、大規模な工業団地も相次いで建設された。そて建築活動がピークに達したのは1994年である。この年のバンコクにおける建築確認件数は2,526件もあり、この数値は1990年の約3倍であった。
     しかし建築基準の不備と建築規制体制の遅れが、1990 年代の経済成長に伴う建設ラッシュに追いつかず、安全上の問題が増大した。そして建築物に係る事故のなかでも火災が社会問題となってきたのだ。1993 年から 1997 年の5年間で、高層又は大規模建築物に関係する重大な火災・崩壊事故が少なくとも 20 件近く発生している。つまりタイにとっても建築物の安全上特に深刻なのが、火災に対する安全性である。
     火災の原因については、公式発表では漏電というケースが多い。電気配線がかなりいい加減に行われているのも事実であるが、保険の支払いが絡んでいるからという側面もあり、実際にはタバコの不始末等の不注意や放火による火災も多いといわれている。火災が重大事故につながった理由として、建築基準法に適切な防火上の規定がなかったこと、建物の増改築を基準法の規定に従わずに実施していること、非常出口が施錠されているなど適切な維持管理がなされていないこと等があげられる。
     火災の大きな原因の電気系統からの出火は、具体的な例として電気コンセントの不良、電線などの配線用部品に粗悪品を使用(建築コストを下げるために品質を下げている)、配線ダクト内に電流による発熱を放散できないほど密度の高い電線を収めているなど、配線末端処理が適切に行われておらず、ショートなどにより近くの可燃物(ホコリ)に着火する可能性が否定できないという。またエアコンの長時間の運転が、不十分な電気設備に対して過負荷となっていることも、電気火災の一因であるという。
     いずれにしても最近は6~9階の高層階での火災も多く、仮に通報を受けてもバンコクでは慢性的な渋滞で消防車の出動、到着が遅れることが問題にもなっているそうだ。
     こうしてみるとタイもまだまだ問題が多いようだが、では世界の主要国の消防組織と出火件数はどうなっているのか。調べてみると、米国は連邦政府、州政府、各州内の郡市町村などが担当。年間の出火件数は約180万件(人口1万人当たり約65件)であり、約26万人の消防職員(人口1万人当たり約9人)と約75万人のボランティア消防隊員が任務に当たる。国土や森林の面積に対して人員が十分とはいえず、予算が少ない自治体は民間の消防会社へ
    アウトソーシングすることもある。またMAST(METRO ARSON STRIKE TEAM)という消防職員でありながら、銃と手錠を業務で使用し放火犯を逮捕する警察と同じ職務執行権を持った隊員もいるという。
     英国の消防組織も地方自治体に委ねられている。約58の消防機関があり、日本よりも広域的だ。年間の出火件数は約40万件(人口1万人当たり約80件)と多く、約3万5千人(人口1万人当たり約6人)の消防職員が対処する。
     ドイツの年間の火災出動件数は約20万件(人口1万人当たり約25件)で、約2万7千人の常備消防職員(人口1万人当たり約3人)と約100万人のボランティア消防隊員が消防任務に当たる。また隣のフランスの年間の火災出動件数は約35万件(人口1万人当たり約60件)と突出しており、これを約3万5千人の消防職員(人口1万人当たり約6人)と約20万人のボランティア消防隊員が任務に当たる。
     中国はどうか。各省・自治区・直轄市に消防局が設置され、その内部の市・区・県に消防支隊が置かれている。年間出火件数は約18万件(人口1万人当たり約1.5件)と意外に少なく、約11万人の消防職員と約300万人のボランティア消防隊員が任務に当たる。
     最後に日本の場合は、消防は市町村が責任を持って果たす。日本の消防機関には消防本と消防団の2種類があり、ほとんどの市町村には消防本部が置かれている。消防本部がない市町村では消防団が主として消防活動を行う。東京都の特別区(東京23区)においては、都が消防本部(東京消防庁)を設置している。年間出火件数は約6万件(人口1万人当たり約5件)と先進国のなかでは少なく、約15万人の消防職員(人口1万人当たり約12人)と約90万人の消防団員が任務に当たっている。
     こうしてみると、ミャンマーの消防事情はまだまだ脆弱といっていい。急速な経済発展に伴い出現する様々な宿泊、商業施設、工業、都市施設などでの火災・爆発等の災害に対応していくには、消防車両、機材、法的な規制や管理などの面において、まだ様々な課題を抱えているのが実情だ。
     しかしこうした状況の改善は、今後この国が海外から投資を促進し、経済を発展させていく上での懸念材料ともなる。「カンド―パレスホテル」の火災事故を見るに及び、これを教訓として原因を徹底解明し、今一度主要施設の点検、査察を早急に行うべきであろう。
    参考文献
    近代消防 2014年4月号 
    海外情報センター「日本・ミャンマー国際消防防災フォーラム」
    国際協力事業団資料

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