◎今月の視点  心してミャンマー語版の発行へ。カンボジアの情報も双方向で  

10月の声を聞き、ヤンゴンの街には活気が戻ってきた。

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ミャンマー語版発行に向けて 価値観の違いを超越して情報を

10月の声を聞き、ヤンゴンの街には活気が戻ってきた。さすがに日中のピーク時の陽射しは強いが、先月まではときおり顔を出す雨雲を気にしながらの生活だっただけに、やっと微熱のようなうっとうしさがとれた感がある。
弊紙も来月10日にミャンマー語版の発行を控え、スタッフを増員した。一部には「日本人によるミャンマー情報などローカルの人に役立つのか」というご指摘も頂いた。当方も最初にそれをまず考えたが、現在の日本語版を読んでいるミャンマー人が意外に多いことや、日本語が分からない方からは「何が書いてあるのか知りたい」という要望が少なくなかったため、決断した。
しかし、問題は内容と文章表現である。前者は、例えば滞在わずか数年の日本人がローカル料理店の情報を正確かつ魅力的に伝えられるのかという点だ。日本語版なら“我々の味覚に合うか”という基準を設けて取材するが、ミャンマー人に伝えるときには何処に焦点を当てるかが難しい。「さほど辛くなく食べやすい」と書いても、彼らにすれば「なあ~んだ、辛くないの」となるかもしれぬ。また、おそらく“リーズナブルな価格”という表現は、邦人レベルの話であって永久に使用不可となる恐れもあるだろう。
 しかし、周囲のミャンマー人に意見を聞く限り、日本人の見方も参考になり興味があるという。かって外人が書いた「二ッポンガイド」の中で、東京の下町の安宿旅館が異様なブームになったように、「ウム―、日本人はこんなところに魅力を感じるのか」という読後感が頂ければ本望だと思っている。

ミャンマー語への翻訳作業が難儀に 微妙なニュアンスを伝達できるか

その次に苦戦しそうなのがミャンマー語表現である。これは翻訳経験のある方なら分かると思うが、日本語をミャンマー語に訳す場合、通常約1.5倍の分量になってしまう。日本語よりかなりボキャブラリーが少なく、微妙な発音で意味が異なる言葉が多いから文章にするとどうしても回りくどい表現になり、文字数が増えてしまう。しかも日本語のもつ絶妙な言い回しで、例えば「ほっペたが落ちそう」とか「舌づつみを打つ」などという表現は存在しないようだから、こうした難解な言葉を訳すとなると、5倍くらいの説明文が必要となろう。それでもこの日本語特有の奥の深い言い回しを正確に伝えることは困難だろう。
 文章のクォリティーも気懸りだ。日本人だってこれの巧拙はある。ましてやフリーペーパーといえども不特定多数の方が手にするはずで、ひょっとしたら大統領閣下の目に留まるかも知れぬ。そこまで想定して表現を心掛けたいが、この見極めは残念ながら我々日本人には不可能だ。幸い、弊紙の中心的ミャンマー人編集者は、夏目漱石の「こころ」を翻訳してコンクールに入賞した日本語力の持ち主である。最終的には彼女のセンスに委ねるが、しかしその彼女の語学力をもってしても、「生き馬の目を抜く」とか「惨憺たる結果」などという表現に対応出来るかどうかが心配だ。
 ページ数も日本語版のようにはいかない。国内一般情報などはこと更必要ないだろうし、商業施設にしても「ジャンクション」や「ユザナプラザ」の情報なら彼らの方が知っている。ただ、日本とミャンマーの経済、文化交流の記事は参考になるようだ。 いずれにしてもこうした形態のローカル情報誌はまだこの国にはないので、いずれミャンマー人の手になるローカルフリーペーパーが出現することを期待する。

不幸で苦難の時代を歩んだ両国 カンボジアの情報紙に期待感が

もうひとつ進行中の企画が、先月、今月号でも告知しているようにカンボジアでの姉妹紙の発行である。かの国でビジネスを構築している当方の知人グループが、プノンペンで情報紙を出したいので協力を、という有難いお話を1年ほど前からいただいていた。これが発端である。当初「Cambodia Press」で準備を進めていたが、同国通信省から「Cambodia」の使用許可が下りず、接衝の結果「PhnomPenh Press」ならば、というお墨付きをいただいた。
 ご存知のように、カンボジアもこの国と同様に、不幸で苦難の時代を経験してきた経緯がある。しかし、プノンペンは人口わずか150万ながら現在では邦人企業の進出はヤンゴンをしのぎ、飲食店の出店も目白押し。ラ―メン屋さんだけでも質の高い店が数多い。しかも電力事情、IT状況もミャンマーより先をいっており、巨大モール「イオン」の出店を始め、複合商業・オフィス・住宅施設の建設ラッシュである。先月初めにこの街へ初めて足を踏み入れたとき、ヤンゴン同様そのエネルギッシュな発展ぶりに驚いたし、若者たちの熱気で圧倒されるようだった。
 ヤンゴンは英国文化のエッセンスを散りばめた街だが、仏植民地時代を経験したプノンペンは「東洋の巴里」と言われているように、歩道に突き出たカフェやお洒落な商店が軒を並べ、場所によっては本当に巴里の下町に迷い込んだような気分になる美しい街だ。来年、ASEAN経済圏が確立すれば、現在相互査証免除が実施されたこの両国の交流はさらに活発化するだろうし、かの国の邦人の方々もミャンマーの動向を注視している。さらに今月8日に関西空港から定期便をヤンゴンに運行するミャンマー航空の往路はプノンペン経由で、日本からは初の直行定期便である。お膳立ては揃ってきたような気がする。
 創刊は12月10日だが、フリーペーパーといえどもボーダーレスな時代に入ったと考え、双方向でピュアな情報をお届けしていく。

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