◎今月の視点 ハードルをさげ、この国の若者たちに本気で支援の手を

朝の光が柔らかい。刺々(とげとげ)しさがすっか り消え失せ、湿度も下がり気味。

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本格的な“乾季”の到来か 建設ブームに湧くヤンゴン

朝の光が柔らかい。刺々(とげとげ)しさがすっか
り消え失せ、湿度も下がり気味。少し早起きすると爽
やかこの上ない。そうなると街を行き交う人々の表情
も穏やかになり、ヤンゴンも心なしか活気づいてきた
ように見える。本格的な乾季の到来である。
雨季の間停滞していた建設工事も、再び活発化してきた。街を微細に見ると、大型ホテル、コンドミニアム、複合商業施設など、ヤンゴンは今まさに建設ラッシュといってもいい状況だ。
 これは2020年に東京オリンピックなどを控える
日本でも同様の現象が起きているらしく、現場に携わる建設労働者の深刻な人手不足に直面しているという。むろん、建設に限らず少子高齢化が加速する日本では、自動車整備工や部品工場など生産現場では中小を含めて働き手が枯渇状態になってきたそうだ。そこで、この問題を解決するために白羽の矢が立てられたのが、真面目で勤勉なこの国の若者たちである。「研修生」という大義を掲げ、人手を求めてミャンマーへのオファーが増加。こちらの送り出し機関や日本の受け入れ組織は今、大忙しだとも聞く。

復活した「研修生制度」へ応募が殺到 自己都合の色合い強く課題を残す制度

昨年5月に安倍総理が来緬して間もなく、日本政府
は長らく停止していた「研修生制度」を復活させ、受け入れ条件もこれまで3年であった研修期間を最大
5年まで延長するなど幾分緩和した。一方のミャンマー側でも、制度復活で応募する若者が急増、その影響で
日本語熱が高まり、老舗の日本語学校では定員オーバーの所もあると漏れ伝わってくる。しかしそうしたブームにつけ込んで、研修生を食い物にした日緬にまたがる詐欺事件も発生した。晴れて日本へ行ったミャンマー人も、契約途中で行方をくらますケースも皆無ではないという。両国のために熱意をもって取り組んでいる方々には誠に迷惑千万な話だが、まだまだ課題は多いようだ。
課題といえば、この研修制度は、本来「途上国の若者
に技術を習得してもらい、帰国してからお国のために役立てていただく」という趣旨のものではなかったか。しかし、一連の経緯と現実を直視すると、余りにも日本側の都合のいいように組み立てられてはいまいか。
 例えば、報酬。言葉のハンデはあるが、同じような仕
事をして日本人の半分以下の給与というのはどうも解せ
ない。もちろん温かい目で家族のように面倒を見ている
受け入れ企業も少なくない。しかし本来残業は禁止だが、
これを無理強いしたり、過酷な労働環境に置かれている
ミャンマー人もいるという。

昔、北欧諸国は人間味ある対応をした 人手不足なら枠を決めて労働許可を

今から約半世紀前の1960年代後半から70年代前
半にかけて、ドイツ、北欧諸国は日本人の若者で溢れ返っていた。中でもデンマークの首都コペンハーゲンにはピーク時千人を超す日本人が観光ビザで入国し就労。当時、日本の大卒の初任給が2万円に満たない時代に、かの地では皿洗いのバイトでもその3,4倍の報酬を頂けた。第1回の東京オリンピックが終わり海外渡航が自由化され、高度経済成長時代に入る日本
は、今で言うバックパッカ―の若者たちが、10万円足
らずで行けたソ連経由の最安ル―トで欧州を目指した。そしてバイトで稼いだ資金を元手にヒッチハイクで中東やアジアを周遊して帰国する貧乏旅行が流行した。かく言う当方もその一人で、そのバイト資金で1年余りも欧米を放浪した。
 “コペン”のとある日本人の溜まり場のような安下宿には常に20人ほどの学生、フリーターたちがいて、情報交換や口角泡を飛ばして天下国家を議論したりもした。「芥川賞を獲る」と豪語し、後に本当に受賞し、選考委員にまでなった当時22歳の作家青野聡氏も同居人の一人で、氏からはいつも熱き文学論を拝聴した。
しかし、観光ビザだからといって不法就労したわけではない。当時の北欧の政府は深刻な人手不足からトルコや北アフリカ諸国などから積極的に労働者を受け入れていた。だから観光ビザの日本人学生でも、雇用主から証明がでれば、正式な労働ビザを交付してくれたのだ。
 しかも、賃金もロ―カルの人間とはさほどの格差はなかった。税金だって天引きされた。参政権や融資などのローカルの既得権を除けば銀行口座も簡単に作れたし、市民と同等の保護も受けられた。真面目に仕事をしていれば永住も可能だった。だから今考えると、かの地の政府は何と人間味のある方々だったのだろうかと思う。それを考えると、我々の政府はなぜ途上国の人間たちに対してこれほどまでに“厚い壁”を設けるのだろうか。かつての北欧のように、雇用主が責任を持ち、身元がはっきりしていれば、単純労働でも許可を出してあげたらどうかと常々思う。これから益々人手不足が進み、特に3K職は絶望的になるのだから、もうその時期に来ていいのではないか。政府部内では少しずつこの議論がなされてきているようだが、毎年枠を設けて単純労働者を差別することなく受け入れる法整備を早急に構築出来ないものだろうか。そうなればミャンマーの若者たちも“逃げたり”はせず、堂々と仕事をして、お金を貯めて帰国して、事業を興したりできるかもしれない。
 戦後、食糧難にあえいでいた日本に、積極的に米を援助し、真っ先に戦後賠償を受け入れてくれたこの国の人々の“恩義”を、私は忘れるわけにはいかない。

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