◎発見|Discovery Bago バゴー

モン族の王都として栄えた 古都は見所が一杯

目次

ヤンゴンから日帰りも可能なバゴーは、歴史と伝説に満ちた街。幾多の戦乱と崩壊を繰り返しながらも、往時を忍ばせる仏教建造物がいまだに数多く現存する。夜のANA便で帰国なら、朝早く出て、時間ぎりぎりまでバゴー巡りをする方もいると聞く。

バガン。マンダレーと並ぶ3大古都

ヤンゴンから北東に約70㎞、
車だと約1時間半の距離にあ
る。13~16世紀にかけ
てモンの王都だったため、
現在ではバガンやマンダ
レーと並ぶ古都として有
名だ。位置関係、歴史的
経緯を考えれば、関東で
は「鎌倉」、関西で
「奈良」といったイ
メージだろう。
街の名は「鴛鴦が住む地」という伝説めいた意味があるという。9世紀のタトゥン王朝時代の王子が、侵攻したインド軍に勝利した伝説が残り、街はその業績と栄誉を称えUpay(英知によって)と命名されたが、のちのPay kuに簡素化され、そしてPagoに至ったという言い伝えがある。ちなみに英国植民地時代には「Pegu」
(ペグー)と呼ばれたが、1991年に時の政権が
「Bago」に改名した。

繁栄した街ができると仏陀が予言した

古都だけに数々の伝説と逸話が残されている。仏陀の時代、現在のASEAN 諸国を歴訪した仏陀が、その帰路、海を渡る際に急に潮が引き、あらわれた陸地の頂上付近にオスメス2羽の黄金のツクシ鴨が止まっているのを目撃。それを見てここに繁栄した広大な国家ができることを予言。それから1500年後、予言通りにその地は居住に適した土地に変わり、今から約1400年前の西暦573年に、タトゥン王国から2人の王女がやってきてバゴーの街を創設した、という逸話が伝えられている。
 13世紀にここを支配していたバガン王朝が元朝の攻撃で壊滅すると、モン族が独立した「べグー王朝」を築いた。そして争いを嫌った女王シンソープとその後継者ダマゼディー(どちらもヤンゴンの中心通り名に)の統治下で、商業の街としてあるいは上座仏教の中心地として繁栄を極めた。その後、16世紀にコンバウン王朝により滅ぼされたが、第二次英緬戦争では、生き残ったモン族が英軍に加担し、1852年に英国はバゴーを併合した。現在はバゴー管区の主都で、人口は約22万人。

シェダゴン凌ぐ高さのシュエモード・パゴダ

バゴーの街は、鉄道駅東側の大通り沿いが中心エリアで、飲食店、宿泊施設や商店などが立ち並ぶ。一方、駅の西側には、古都の歴史と風情を忍ばせる遺跡や仏教建築物が数多く点在している。で全長55mもある「シェターリャウン涅仏」や仏塔の中腹まで上ることができる「マハーゼディー・パゴダ」など、ヤンゴンから日帰りだとやや時間が足りなくなるほど、見どころは多い。ただ、外国人用の宿泊施設やレストランは数少ないから、やはりヤンゴンを拠点に予定を組んだほうが無難か。

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