◎発見|Discovery マンダレー近郊の観光地

 最近注目が集まり、外国人観光客が急増しているマンダレーだが、周辺にも魅力的な観光地が多い。そこで今回は人気の観光地にスポットを当て、日帰りが可能な名所を中心に紹介してみた。

目次

Inn Wa インワ (旧名-アワ)

ここもマンダレーから日帰りできる観光地だ。14世紀~19世紀まで栄えた古都である。歴史上では、戦乱や自然災害で、崩壊と再構築を何回も繰り返した。1839年の大地震では、再興をあきらめた当時の住民たちに見放され、現在はその最後の痕跡を偲ばせる遺跡がかすかに残されている。「インワ」とは湖の入り口という意味を持つが、仏教のパーリー語では、「ラタナプラRatanapura」と表現し、“宝の地”という意味だという。1365年~1842年にかけては、都合5度、延べにして360年近く首都として栄えた。地理的にはイラワジ河とMyit Nge 河の合流点にあり、ミャンマー有数の米所であるチャウセー町に位置する。町の始まりは、1310年に時のThi Ha Thu王により開拓され、3年後にこの付近にPin Ya 町を作った。そののち1364年には「インワ」と命名され、首都になった。
「インワ時代」と呼ばれた14世紀~16世紀の1555年には、Tha Do Min Bya 王が当時の国名アワの盟主になった。 この時代、ミャンマーの文字や言葉使いが発展していった。ビルマ文字にパーリー文字を加え、多様な言い回しが生まれ、仏教文献やビルマ語の古代詩の改編や改良がなされた。歴史解釈の新説を唱える僧侶たちが現れた時代でもあった。現代のインワでは、その残影や君臨したメーヌ女王の僧院遺跡、城壁、展望塔など貴重な観光スポットが数多く残されている。
 インワ橋- 1934年に英国によってイラワジ河に掛けられたが、車と鉄道が通れるとして注目された。最近になって、2005年にミャンマーのエンジニアにより、隣に並ぶように橋が造られ、現在は住民たちはこちらを使用している。
 Maha Aungmye Bonzan寺院-1818年にメーヌ女王により建立された。俗にMe Nu Ok Kyaung
(メーヌの煉瓦寺院)としても知られる。メーヌとはBa Gyi Daw王の第一夫人で、この寺は宗教的なバックグラウンドであったNyaung gan僧侶 にお供えしたものだという。1838年の大地震で崩壊したが、1873年にてミンドン王のSin Phyu Ma Shin女王が再興させた。
 展望塔Bar Ga Yar寺院の中にあり、この展望塔から見える11世紀にバガン王朝のチャンシッター王により作られたHti LaingShinパゴダ、Judson Memorial,Law Ka Tharaphu パゴダ、Yadana Hsimi 遺跡群、第三次アングロミャンマー戦争のときに作られたThabyedan 城の遺跡など観光名所が注目を集めている。マンダレーから21キロで、国際空港への道沿いに位置する。マンダレーからインワへ行く途中のMyit Nge 河の眺めも美しい。ボートで渡る距離はわずか5分だが、対岸には観光客を待つ馬車の列が並ぶ。

Mingun ミングン

マンダレーから11キロ。イラワジ河の西側に位置。この国ではミングンと聞くと、まず鐘のことを思い浮かべるが、1816年にてSin Phyu Mae王女により建立されたSin phyu maePagodaも人気スポットのひとつだ。しかし、ここには遺跡群や仏教遺産が数多く集まり、聖地としても大事にされている。ミングンに行くには、イラワジ河をボートで渡るが、外国人用の乗船ボートの出発時間は天候により決まるため、ホテルで確認が必要だろう。

ミングン大鐘

鐘の重量は55555VISS(約90トン)だ。55555 VISSとはミャンマー伝統の天文学と数術により考案され、伝暦で木曜日を代表する5番の最高位となっている。また、鐘体にビルマ語で”Min Phyu Mhan Mhan Pyaw “という字が白色で書かれている。鐘の建設はBoDawPaya王(1782–1819)の命により、1808年にスタートし、1810年に完成。その後1839年3月に大地震に見舞われ、跳ね飛ばされたという。1896年にイラワジフロティラー社により再建立がなされた。2000年までは世界最大の鐘だったが、現在は第3番目になってしまった。

ミングン大寺院

1790年から建設が始まったが、ついに完成には至らなかった。Bo Daw Paya 王はこの寺院を作るために、数千人の戦争捕虜を駆り出したという伝説が残る。費用も労力も大変だった。それでも、王は満足できなかったという。「仏塔の建設が終了したら国が亡びる」という預言を深く信じていたからだ。しかし、王が逝去したあと建設はすぐに停止された。そのため現在その中断されたままの景観が望める。寺院は完成できなかったが、近くに記念のPon Daw パゴダが残された。中断された寺院だが、レンガ杭で作られた施設としては世界一という名誉ある記録を後世に記録した。

Sagaing  サガイン

サガイン管区の首都といっていい。マンダレーの西南20㎞で、イラワジ河に位置する。大小の数え切れない寺院や仏教遺跡、建造物が点在するサガイン山は、ミャンマー人にとっては聖地のひとつだが、現在は国内外の観光客の人気の地にもなっている。
 サガイン時代は1315年~1364年のわずか49年間だった。その核となるサガイン山は、ミャンマーの中心からやや西北に位置するため、カチン、シャン州などにも関連する事柄が多い。
 大半の住民は農業従事者で、広大な穀物畑が広がる。小麦、ゴマ、落花生、豆類、綿花、タバコなどの生産でも知られ、小麦などはこの国の約80%がこのサガインで収穫されるという。
 産業的には、銀細工も有名で、繊維、銅精錬、金精錬の生産工場が集まっている。また、精米、食用油工場、綿工場、および機械毛織り工場も少なくない。地場特産は土鍋、銀製品、青銅用品、鉄製用品や漆器などが有名だ。

サガイン山 Sagaing Hill

無数のパゴダや寺院、瞑想場などが山中に点在し、平穏かつ神聖な雰囲気を漂わせている。建立された仏像や仏教遺跡群のイメージがこの山の魅力のひとつだ。壮大な景観が望めるミャンマー人の誇りの観光地でもある。

ソンウーポンニャシン パゴダ Son Oo Pon Nya Shin Pagoda

サガイン山頂に位置する「ソンウー・ポンニャシン・パゴダ」は、不思議な歴史を持っている。この名前は“最初の托鉢”という意味がある。どんなに早起きして鉢に朝食を供えようとしても、毎日誰か必ず入れている。それが誰の行為か、これまで誰も見つけることが出来ないという逸話も。1312年に時の官僚大臣ポンニャによって建てられ、この寺院のパゴダの祭りは、毎年7月の「ワソー満月」の日に行われる。サガイン山の歴史を知るうえで、興味深い催事でもある。
 銀細工の工場はサガイン~モンユア(Mon Ywa)の通り沿いの村でよく見かける。多彩な形の銀製品から仏像までで造られている。手作りのため、観光名所にもなっている。

Sagaing Bridge サガイン橋

サガインとマンダレーを結ぶサガイン橋の美しい姿と、周りの風景がマッチして魅力的な景観を描き出している。観光バスは必ず撮影ポイントとして停車する。山を背景にした橋と周囲の畑の鮮やかな緑のコントラストは息を呑む美しさだ。ここからのサンセットもお勧めだ。サガイン山の向かい側にあり、イラワジ河にも面したこのパゴダは、由緒ある古い歴史を持ち、パゴダから望む緑のサガインヒルや河の眺めは自然の風景画のようだ。

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