◎今月の視点 “粋”や“義理”まで求めぬが、損得抜きの気概を胸に

ヤンゴンは雨季の様相を呈してきたが、今年は30度後半の猛暑が5月中旬まで続いた。

目次

酷暑過ぎいよいよ雨季に突入 豪快だった開高健さんの生き方

ヤンゴンは雨季の様相を呈してきたが、今年は30度後半の猛暑が5月中旬まで続いた。日中の外気は熱風のごとく吹き付け、帽子も、日傘も持たずに炎天下を歩いていると、少々恐怖感に襲われた。紫外線が日本の13倍だと聞かされると尚更だった。
 我々日本人は、こうした熱帯の状況下で、ものを考えたり、行動を起こすのは苦手だが、例外的な方もいた。26年前に亡くなった作家の開高健(たけし)さんがそうだった。文章の緻密さや美しさはあの三島由紀夫と並ぶ純文学の巨匠だったが、その開高さんはベトナム戦争の従軍記者になったり、その後南米、アジアの秘境を探訪した「オーパ!」シリーズを5巻も刊行するなど、後半は行動する作家へと変貌していく。
 当方は30年前、ある月刊誌で、編集者と編集顧問という関係でしばらくお付き合いさせていただいた。今思えば凄い方だった。その開高さんが最も信頼していた作家で翻訳家だった故菊谷匡祐(きょうすけ)氏から、ある時こんなエピソードをお聞きしたことがある。
 菊谷さんが若かりし頃、神奈川県茅ケ崎の自宅へ企画の件で出向いたとき、丁度昼時で開高さんが贔屓(ひいき)にしている駅前のホルモン焼き屋に誘われた。下駄ばき、ジーパン姿で、右手にはスーパーの袋に入った酒とおぼしき瓶を2本ぶら下げていた。店に入ると巨匠は例の袋の酒に手をやり、それを取り出さずにコルク栓を抜いた。どうやらワインだった。そして正体を見せずに変哲のない薄汚れたコップに注いで「おい、飲めや」といって勧めてくれたそうだ。舌にまとわりつくような芳醇で滑らかなワインだった。それを一皿300円くらいのホルモンと一緒にグイグイあおる。開高さんがトイレに立った隙にラベルを覗き見したら、年代物の「ロマネコンテイ」だった。当時、1本50万は下らない代物だったそうだ。それが2本。余りの美味に、2時間足らずで2人で空にしてしまい、飲食代3千円を払って外に出たが、開高さんは何事もなかったように笑顔で手を振ってくれたそうだ。

”粋“は日本人だけの処世訓 人情はあるが義理までは疑問

この話は、「男なら形式にこだわるな、旨いものは旨い、いいものはいい、そして“粋”に生きろ」という事を教えてくれたと、菊谷さんはのちに述懐している。凡人の当方など、とても”粋”に生きる器量はないが、日本人の端くれだから、おっしゃっていることはよくわかる。しかし、ミャンマーの方々はおろか、我々以外にこの言葉のエッセンスを理解できる国民は世界では皆無だろう。
 この“粋”という日本独特の処世訓に比べれば、「義理」と「人情」という感情のほうがまだわかりやすいかもしれぬ。特にミャンマーの人々は、「人情」には厚い。「先の大戦終了時に、激闘を続けた日英両軍の負傷兵たちを、かっての統治国というネガティブな感情を捨て、分け隔てなく介抱した」と、ビルマの人々の情の深さを示すエピソードを、上智大学の根本敬先生がどこかで書いておられたが、地方に行けば本当にそれがよくわかる。
 しかし、「義理」となるとそうもいかない。そもそもこの言葉を正確に言い換える言語が外国語にはあるだろうか。恩義、しがらみ、付き合いなど様々な要素がこの2文字には含まれるが、日本の世間一般的には、世話になった方へ持ち続ける感謝または恩義の感情として使われる場合が多い。

義理を欠くと裏切られた思いが 日本人は意気に感じる国民

時々、ミャンマーの邦人進出企業やサービス業の方々から、「この国の若者たちは、せつかく仕事を憶えても簡単に辞めてしまう。こちらが家族と思っていても、義理もへったくれもない」という声を耳にする。確かに、この国には“義理”という感情はない。
給与が多少良い仕事が見つかったり、本人のために叱ったと思って、ちょっと小言をいうと翌日から来なくなったりする。面倒を見たつもりでいても、それが伝わらず、日本人は裏切られた、という感情を持つ。日本の社会には道理、道義、仁義、義理など法規制以外の精神的なしばりが多く、それが暗黙のうちに様々な自制になり、無責任な辞め方をする方が極めて少ないからだ。
 しかし今、ミャンマー人にこれを要求するのは過酷であろう。「人情」はあるのだから「義理」までわきまえろとは言わない。むろん開高さん流の「美学」なんていう無理難題を押しつけるつもりもない。
ただ、ひとつお願いしたいのは、この国の方々に損得抜きでひと肌脱げるような気概をぜひ、持っていただきたいということだ。日本人はこうした行為には至極弱く、意気に感じる民族だから、その何倍もの“恩義”を返してくれるはずだ。

Tags
Show More