◎今月の視点 国、人種、職業を問わず「信義」を貫く姿勢にこそ信頼は生まれる

気候的にはミャンマーは黄金のシーズンに突入した。

茶番化した日本の衆院選 なりふり構わぬ姿に失望

気候的にはミャンマーは黄金のシーズンに突入した。これから4月の水祭りまでは雨傘の心配はいらない。1月末あたりまでなら湿度も低め、朝晩はエアコンいらずの日が続きそうだ。例年なら厳寒に入るドイツ、北欧から団体客が大挙してやってくるが、今年はどうなのか。少々心配になる。  ところで先月、日本では衆議院の総選挙が終わり、自民党が圧勝した。これは当然の結果であろう。しかしこの総選挙で見せた東京都の女性知事さんのパフォーマンスにはホトホト愛想が尽きた。いくら先の都議選で大勝したからといって、国民はそんなに甘くはない。弊紙は7月号でくだんの女性知事の優柔不断さを見抜き、指摘した。都議選の締め切り間際に豊洲移転、築地再開発などという確たる裏付けもない話をぶち上げ、票集めの姑息な手段に出て都民をけむに巻いた。  そしてそれからわずか3か月余りで国政への鞍替えだ。もともと中央政界志向だから、彼女にとっては都政なんかご自分の踏み台にしか考えていなかったろうが、ではその豊洲の問題は一体どうなったのか。差し迫った待機児童や仕事と子育ての両立で苦しむ女性のための保育所の不足問題には手を打ったのか。東京五輪の準備は大丈夫なのか。都政だって問題が山積しているのに、都政の公務をすべてキャンセルして国政の選挙活動を優先した。この人に投票した都民への「信義」はどうなったのか。しかも衆院選投票前日に、戦後まれに見る大型台風が首都圏を直撃しようとしているさなかにパリの国際会議へ行ってしまった。こんな都政を軽視するような人間に、誰が国政なんか任せられようか。都民を愚弄するのもいい加減にしてほしいと思う。  むろんこの女性知事の本質を見抜けず、バブル人気に便乗しようとした民進党の代表や議員たちも実に見苦しかった。党員総会では満場一致で移籍を承認したのではなかったか。にもかかわらず、「踏み絵」や「排除」の声明が出てからは、除外された議員たちは右往左往して新党結成に走ったが、政権交代などという大義が本当に胸中にあったのかいささか懐疑的になる。結局、この人たちはご自分の当選のことしか念頭になかったのではないかと思えてくる。こうなると一部の日本の政治家の方々の「信義」へ軽さと、モラルの低さには落胆してしまう。

前言を翻した大家さん 強欲な一部のオーナー

モラルといえば、残念ながらこの国でも相変わらず社会通念上でまだ首をかしげたくなるような出来事が少なくない。一時の異常な家賃相場は下がったとはいえ、強欲な大家さんたちの人の足元を見るような行為は何とかならないのか。  先般もある日本人の方が、新しい事務所をダウンタウンに見つけた。小奇麗で家賃は70万Ksだった。しかも半年の先払いでOKというので、すぐに手付けを打った。ところが1週間後の契約日に、大家さんは誰かに入れ知恵でもされたのか、家賃は80万Ksで1年先払いを主張してきた。これにはその日本人はあきれてしまった。当然契約は白紙にして他を探すことにした。この場合、日本人にとっては金銭の問題ではなくなくなる、一度そうした信頼を損なう事をした人間に対しては、2度と信用しなくなる。  また、諸事情で仕方なく店をを閉めざる負えなくなったラテン・レストラン「S」の場合も、後の面倒を見ていた方が、新経営者が継続してやるか、もしできない場合は設備機器をすべて処分して現状回復するから少し時間をと、お願いしたが、大家さんは聞く耳をもたず「こちらでで厨房機器などを処分して現状回復するからいい」の一点張りで、居ぬきで売却を考えていた「S」の女性オーナーも泣くに泣けない状況になった。 それはその大家さんが高価な機器だから自分で処分すれば相当な値段で売却できることを知ってしまったゆえの主張だろう。  他にもこうした賃貸の契約をめぐるトラブルはあちこちで聞く。もちろんすべての大家さんがこうした理不尽なことをしているわけではないが、この国ではこうした「信義」もへったくれもない思考に走ることが半ば常識のようになってしまっているところが問題だ。 「信義」の重さをわきまえることの重要性 具体的な行動を示す国家顧問を見習うべき  「信義」とは辞書によると「真心をもって約束を守ることに務めること」とある。日本人はこうした「信義」に対して人一倍厳しい民族だ。一度口に出した以上、前言を翻(ひるがえすというのは一番忌み嫌われる。  もちろんこれは先進国、途上国を問わず、人間の本質または人間性の問題になってくる。自称先進国を掲げる国のなかでも日本の隣国のように、国家間で締結した条約を大統領が変わった途端、隙あらば破棄しようと考える「信義」にもとる国もある。  残念ながら、冒頭で書いた今回の衆院選の野党議員たちのなかで、本当に「信義」を貫いたと言える人たちが何人いたか。こうした政治家たちのなりふり構わぬ醜態を見る限り、日本だって隣国やミャンマーのことを偉そうに批判はできぬ。しかし日本が根本的に他国と違うのは、少なくとも一般の大多数の日本国民は、武家社会の時代から重要視されてきたこの「信義」の重さを十分わきまえていることだ。日本では「できぬ約束はするな」と子供のころから口やかましく言われてきた。だからたとえ口約束でもこれを反故にすると信用を失う結果になる。ましてや契約書ベースの約束事ならば尚更である。  先月12日、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相がTVの全国放送を通じ、イスラム系難民の帰還に向け、支援組織を立ち上げる考えを明らかにした。彼女自身が自ら議長を務めるという。9月19日にネピドーで行った声明を受けてのメッセージだった。  このTV演説の中でスー・チー氏は「難民の帰還と効率的な人道支援、難民の再定住問題と社会復帰、ラカイン州の開発と永続的な平和の構築」などが主要課題だと明確に言及し、難民の受け入れについては現在バングラデシュ政府と協議中であることも明らかにした。そして彼女は「批判には言葉ではなく、行動で示すことが大事」とも語った。  この姿勢こそ実質的にミャンマーを率いる大統領顧問の「信義」であり、「良心」が具現化してきたといえるのではないだろうか。前記した一部の強欲な大家さんたちは、どれだけ外国人を失望させ、傷つけ、そして国家にとって背信的なことをしているか、もう気づかないといけない。少なくとも国のトップが世界に対して「信義」を貫こうとし始めている姿をぜひとも見習うべきだろう。

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