今月の視点 ミャンマーだけを追い込む愚策は止めよ。難民問題はASEAN全体で解決を

新年明けましておめでとうございます。ミャンマーで7回目の新年を迎えた。  「そんなに居たのか」と、時々我に返り思う。月並みだが年月が経つのはじつに早い。  団塊世代の当方は、仮に日本に留まっていたならば、毎日が日曜日の怠惰な生活を送っていたに違いない。たまに帰国して旧友たちと再会すると、その感を一層強くする。

国際社会が注目、称賛した民主化。ヒロインに祭り上げられたスーチー氏。

新年明けましておめでとうございます。ミャンマーで7回目の新年を迎えた。  「そんなに居たのか」と、時々我に返り思う。月並みだが年月が経つのはじつに早い。  団塊世代の当方は、仮に日本に留まっていたならば、毎日が日曜日の怠惰な生活を送っていたに違いない。たまに帰国して旧友たちと再会すると、その感を一層強くする。  しかしここミャンマーでは気が付けば孫のような20代の若いスタッフたちに囲まれ、毎日彼らの助けを借りながら、生きる糧をいただいてきた。意識の上では彼らに負けて溜まるかという気概を持ち続け、ボケてるヒマなどなかったのだ。  しかも同時にこの国は劇的に変化してきた。幸いなことに、その日々様々に変節したムーブメントの一部始終を見届けることもできた。6年前の2011年から始まったこの無血の民政移管のドラマは世界が注目、称賛した。延べ10数年間も幽閉され、念願のNLDによる民主政権を誕生させ、事実上その政権リーダーに就いたアウンサン・スーチー国家顧問兼外相の「執念」も報われた形となった。  そうなると彼女は白人世界では格好のヒロインに祭り上げられた。ご自身が望むと望まざるに関わらず、ノーベル平和賞を授与され、ロック歌手Bゲドルフの自家用専用機でアイルランドまで帯同させられ、ダブリン名誉市民の称号まで与えられた。母校のあるオックスフォードでも名誉市民となり、大学に肖像画まで飾られた。  就任後まもなく米国へも招かれ、下にも置かぬ歓待を受けた。その足で国連へ出向き演説をし、各国から万雷の拍手を浴びた。まさに現代のジャンヌ・ダルクのごとき、国際社会はスーチー氏の「偉業」を讃え続けた。

急落したスーチー氏への評価 糾弾する矛先への不公平感に疑問

それから約1年半余りで、彼女は「人権擁護」を叫ぶ国連、人権団体、そしてあれほどヨイショされた欧米の白人世界から、今、批判の矢面に立たされ、表舞台から引きずり降ろされかねない状況になっている。  「アムネステイー・インターナショナル」をサポートし、アフリカの飢餓にあえぐ子供達を支援してきたBゲドルフからは「同じリストに載りたくない」という捨て台詞を吐かれ、絶縁された。ダブリン市も称号をはく奪した。オックスフォードも同様の仕打ちに出て、大学も肖像画を徹去した。選考基準すら不明なノーベル平和賞にしても、返還もしくははく奪せよという国際世論が噴出している。  余談ながらこの平和賞にしたところで、何を基準に選考しているのかよくわからない。南北初の首脳会談を実現させた一方の当事者の金大中氏だけが授賞したことや、米朝初の首脳会談の功績で当時のカーター氏だけが授賞したり、いずれものケースも相手先のトップが対象すらならなったのはおかしいのではと、あの「高須クリ二ック」の先生がブログでこの平和賞を問題視していた。確かに、もう一方の人物の素行、資質、言動を度外視して考えれば、これは筋論であろう。  スウェーデンのノーベル賞委員会は、スーチー氏の授賞はく奪の声には、それまでの功績への評価として耳を貸す気配はないが、彼女への評価がこれほどまでに急落、逆転した要因は、もちろんラカイン州のイスラム教徒の難民問題への対応にあったことは周知の事実だ。

国際社会は本気でスーチー氏を 失脚させたいのか ASEANが公平に難民の救済受け入れに

昨年11月16日に開かれた国連総会第3委員会(人権)では、ミャンマー政府に軍事力行使の停止やロヒンギャを含む全民間人の保護を求める決議案を、米欧など賛成135票、ミャンマーや中国など反対10票、日本など棄権26票の賛成多数で採択した。  ミャンマー代表は採択後、「政治的動機に基づいた悪意ある決議案は問題解決を目指すわれわれの努力の助けにならない」と反発した。日本の星野俊也国連次席大使は、決議案が求める実態調査に関し「ミャンマーが受け入れられる方法でなければ実効性がない」などと棄権した理由を説明した。いずれも正論であろう。  では、なぜ国際社会は、特にアングロサクソン系の人たちは、これほどまでに「人権擁護」という言葉に過敏に反応し、ヒステリックになるのだろうか。  それは自分たちが民主主義を生み出し、長い年月と努力を重ねて確立してきたからという自負があるからだろう。だからその根幹の一つを成す「人権」を侵すことは絶対に許容できないし、民主主義を冒とくするものとらえるからだ。  しかしこれには異論をはさむ余地はない。人間は平等で何人も同じ権利を有し、法や憲法を順守する精神は重要だ。が、問題はその糾弾する矛先の矛盾にある。  例えば今ミャンマーを執拗に批判、糾弾している国連や人権擁護団体や欧米緒国は、アジアの某大国で起きているウイグル自治区における迫害や弾圧問題になぜもっと目を向け、改善解決を迫らないのか。また元首が亡命せざる負えない悲惨な状況になっているチベット自治区にしてもそうだ。もっと言えば某大国内での反政府的な人間に対する人権侵害に対して、半ば黙認状態なのはなぜなのか。こうした事例は他の地域でも数多く存在し、完全に民主主義と人権を冒とくしているのではないか。  それなのに、経済的な恩恵が作られ、繋がりが以前にも増した英国は、某大国に面と向かって声高にこの問題を糾弾すらしてはいない。国際的な人権団体はどうしてミャンマーに対して行っているような強硬な批判や抗議を某大国にしないのか。ダブリンのロック歌手は、偉そうに「人権侵害」云々を言うなら、ご自分のCCDが巨大な市場から締め出されるのを覚悟で、スーチー氏に浴びせた世界が注目するようなパフォーマンスを、某大国に向かってできるのか。  未だに飢餓に苦しむアフリカの貧困国にしても、いくら援助したところで人民を苦しめる独裁政権を糾弾、根絶していかないと根本的な解決にならぬ。それがとうにわかっていてるくせに、利権や権益の問題で本気で手を付けようとしない欧米諸国の欺瞞性は許せない。国連だって悪名高い独裁政権への制裁決議をなぜもっと強硬にしない。  だから、うがった見方をすれば、まだ政権基盤が脆弱なミャンマーのような国へ、集中放火を浴びせるのではないかとも思えてくる。しかし仮にスーチー氏を表舞台から引きずる降ろした場合、一体この国の行く末がどうなっていくか、それを十分承知して糾弾し続けているのか。批判だけなら子どもだってできるし、その後の善後策を提示していかない限り、これはあまりにも無責任と言わざる負えない。  2017年度のミャンマーの国内総生産(GDP)成長率は6,7%と予測されている。前年度の5,9%からは上向くものの、勢いは鈍化している。経済的に考えてもGDPがASEAN最低レベルのミャンマーが、50万人もの異教徒の難民を養っていくだけの体力はあるはずがない。  したがって日本の国連次席大使が述べたように、いくら決議案を採択したところで、この国が受け入れられる方法でなければ効果がないのだ。そして国際社会がミャンマーを追い込めば追い込むほど、この国は最大の支持国である中国に頼らざる負えなくなる。昨年ローマー法王が来緬したが、スーチー氏は法王が離緬したその日にはそくさくと北京へ飛び、習近平国家主席と会談、2国間の関係強化で合意した。会談では、国際的な展開を含め、全てのセクターにおいて協力を強化していき、親善訪問なども継続して行うことなど、更に友好関係を深めていくことになった。  こうなることは予想されていた。当方の勝手な推測だが、これでもう彼女は手のひらを返された欧米に胸襟を開くことはなくなるだろう。だからASEANは一貫してしてこの問題に沈黙を続けるタイを巻き込んで、このイスラム系難民問題を、ASEAN全体で救済、解決していくように促すべきではなかったのか。  かって隣国マレーシアのマハティール元首相は、植民地支配でアジアを散々食い物にしてきた欧米諸国に敢然と立ち向かい、マレーシアを発展途上国から脱却させ、奇跡の復興を成し遂げた。そしてモスリムとマレー系と華僑系の民族融和政策「プミプトラ」を実行し、見事成功させた。その元首相に、AESANにおけるこの問題のリーダー的存在になっていただくことはかなわぬのだろうか、と常々思う。

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