◎顔|Face Ma Mai Sabai Nyo メイ・サバイ・ニョーさん 歌手

Kiroroの”未来へ”のカバー曲で羽ばたく 姉妹が日本大手企業に勤務する親日一家

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 以前どこかでお会いしたような親しさを感じた。あのKiroroの代表曲で国民のハートを射止め、次々に“和”のヒット曲をカバーしているせいかも知れない。2年連続で在日同胞のために東京のステージでも熱唱し、すっかり日緬両国を結ぶシンガーの“顔”になった。

海外のカバー曲全盛のミャンマー 日本の歌も多くの歌手がカバー

100年の伝統を受け継ぐ映画界に比べれば、ミャ
ンマー軽音楽界の歴史は浅い。むろん、民族の古典的な音楽は古くから継承されてきたが、いわゆるポップスやロックといった若者受けするジャンルの大衆化はここ20年くらいの間の現象と言っていい。
 しかし、かくいう日本にしても、高度経済成長時代に突入する1960年前後から、米軍のFENや深夜放送などから欧米のポップスが洪水のように流れはじめ、そうしたヒット曲を収録したシングルのドーナツ盤といわれたレコードが若者たちの人気を独占した。
 その中からカバー曲でデビューし、一世を風靡した中尾ミエさんや弘田三枝子さんなど沢山のスター歌手が生まれた。
 そう考えると、欧米、中国、日本のカバー曲が巷
にあふれているこの国の状況は、あの当時の日本を
彷彿させるが、今回ゲストにお招きしたメイさんも、日本のカバー曲で一躍脚光を浴びたシンガーの一人である。
 「今から10年前の2005年に、“悲哀の長い日々”(ミャンマータイトル)という曲を出しました。Kiroroさんの“未来へ”というカバー曲でしたが、当時はそんな有名な曲だとは思いもよりませんでした。それに、この時私はグループのボーカル担当で、ソロシンガーではなかったのです。でも、この曲はミャンマー人の心をとらえたようです。いい歌でしたか
らね」
 オリジナルを作る作曲家が少なかったということも
あるが、聴衆にとってはいい曲であれば、カバーだろ
うがオリジナルだろうがさほど重要ではない。
 少々古い話で恐縮だが、当方だって、半世紀以上前
の1961年に、あの伊東ゆかりさんや若い女性歌手が
こぞってカバーした「悲しき片想い」という大ヒット
曲を、原題が「You don`t know」で、ヘレン・シャピロという英国人少女の持ち歌だったなんていう事実は、かなり後から知ったほどだ。

山口百恵や小林明子もカバー 在日10年の姉は日本語堪能

メイさんご自身、このKiroroの代表曲が、この国の人々の琴線に触れるとは思いもよらなかったという。「そうですね。この曲はグループのアルバムの中に収録したものだったんです。だから歌った私に注目が集まったようで、しばらくしてから、グループを離れてソロ活動中心になりました。もちろんオリジナル曲も歌いましたが、“雨と一緒に泣く”(山口百恵・イミテーションゴールド)とか小林明子さんの「恋におちて」などのカバー曲も歌いましたよ。いずれもミャンマー人には支持されましたが、もともと私自身はそれほど歌手に固執していたわけではなかったんです。何か、こう、自然の成り行きでプロになってしまった感じがしますね」
 小さいころから歌は好きで、コンテストなどにも出ていたが、どうしても「プロ歌手」にという強い願望はなかったという。父親が公務員で硬い家庭だったせいもあるが、20歳を過ぎたころからグループバンドに所属し、半ば趣味のような形で歌っていた。ところが“未来へ”という曲をカバーしてから、彼女の運命が変わった。
 「日本との関わりは多少ありました。上の姉は日本の大手企業に就職し、日本に10年もいて言葉もペラペラです。妹も日本の有名企業に6年もお世話になっています。その関係で、ミャンマーで日本関係のイベントがあると、私に声がかる機会が多くなりましたね」
 2008年と、翌年の2年続けてその日本へも行き、東京のステージにも上がった。「日本の方には知名度はありませんでしたが、懇意にしている在住のミャンマー人から声がかかり、企画が持ち上がりました。もちろんうれしかったですよ」

盛況だった東京でのコンサート 人気バントを帯同して同胞が熱狂

コンサートは東京で行われたが、関西などからもミャンマー人が駆けつけ、会場は数千人の観客で立水の余地がないほどだった。中でも、2009年のコンサートは異常な盛り上がりを見せたという。それはこの国では頂点に上りつめた「IronCross」(アイアンクロス)という人気バンドを引き連れてのステージだったからでもある。
 「アイアンクロスのリーダーであるレイチェさんは、
以前、ご自身の不用意な発言で当局にマークされ、不幸な時代を過ごした方でしたが、現在ではその実力と人気は誰もが認めるグループです。だから在日のミャンマー人からもコンサートの要望が多く、私は自分のことより、このバンドを何とか日本のステージに立たせてあげたいという一心で、各方面に奔走しました」
 むろん、彼女の熱意と努力は実をむすんだ。前年を凌ぐ同胞たちが日本全国津々浦々からやってきて、会場内しばしの興奮状態だったという。
「コンサートのことで頭が一杯になり、日本滞在中、観光的なことはあまりできませんでした。だから細かい記憶はないんですが、日本人は神経細やか
で優秀な国民だという印象が強く残っています。これからもミャンマーのことを思い、応援を続けてい
っていただきたいと願っています。」失礼ながら、顔立ちはお歳よりはだいぶ若くみえる。笑うと実に人なっこい表情になるのが気さくな方だった。内緒だが、現在、新婚(5か月)ホヤホヤだそうである。

<Ma Mai Sabai Nyo  略歴>
本名  May Sabai Nyo
民族  ビルマ族/仏教徒/血液型 AB
家族  5人家族
学歴  B.B.A
アルバム シングルアルバム 2枚
1、信じてほしい 2、尊敬する愛に恵まれて
グループとしてのアルバムは20枚以上。
現在   オリジナル のアルバムを制作中。
社会活動 現在洪水災害地への寄付をしています。
日本人へのメッセージ - ミャンマー
に遊びに来てください。ミャンマーの歌も
聞いてみてください。
日本でコンサート 2回 2008年7月27日 
            2009年4月26日

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