◎今月の視点 がんばろう!ミャンマー! Pray For Myanmar

5月の終わりごろから9月かけて、この国は雨季に 突入する。

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異常な雨量を記録した7月 ナルギスに次ぐ水害に遭遇

5月の終わりごろから9月かけて、この国は雨季に
突入する。例年ならば、枯渇したダムの水位が戻り、酷暑から解放されて「やれやれ」とひと息つくような季節になるが、今年は違った。7月になると異常に雨が多くなり、これまで比較的水害経験の少なかったチン、ラカイン、ザガインといったミャンマー北西部をサイクロンが強襲した。  
 2008年5月2日にエヤワデイーに上陸し、ヤンゴン、バゴー、モン州などの南西部を縦断し、死者、行方不明者計13万8千人という未曽有の大災害をもたらした「ナルギスサイクロン」の被害をだいぶ下回ったのがせめてもの救いだったが、被災者約60万人という数字は尋常ではない。これは8月中旬時点の国連の発表だが、情報量が少ないのでやや正確さを欠く。増水した大河エヤワデイ川から決壊した水流が南下し始めて2次災害の恐れもあるというから、最終的には被災者は100万人を超すのではないかと懸念される。いずれにしても、民政移管から4年目を迎え、今秋には総選挙、大統領選挙といったイベントを控えるこの国にとっては、まさに出鼻をくじかれる予期せぬ出来事だった。

自然破壊が災害を増幅させる 盗採が長らく続いたミャンマー

私たちが住むこの地球は、約1万年ほど前には62
億haに及ぶ森林に覆われていたという。しかし、現在は約4分の1の16億haに減小し、今なお毎年1500万haもの割合で減少中だという。
 近年は、発展途上国の熱帯林の破壊が著しく、アジア全体で42%、中南米で37%、アフリカで52%が失われたそうだ。農業や放牧のための開墾、木材資源の需要増など様々な要因による伐採、盗採があげられる。森林の腐葉土が表面を覆う土壌は、雨水が地中にしみ込む作用が大きく、降水は地下水となるので、河川の水位変動は微小にとどまり、流量は安定する。逆に森林が減ると雨水が一気に河川に集中するので、洪水や土石流の被害を引き起こしやすくなる。
 また森林地帯では、土壌表面が樹木などで保護されているため、土壌流出を防ぐ。当然ながら土壌の流出は、洪水時の土砂災害を拡大させる。
 盗採といえば、同じ時期にカチン州でアジアの某大国の153人もの人間がミャンマー当局に検挙され、無期懲役の判決が下されたが、恩赦で釈放されたという納得がいかぬニュースが流れた。彼らによる盗採は長らく続いていたという。この某大国は、2013年に完成させた昆明~チャウピュー(ラカイン州)間のガス、石油パイプラインの工事でも、山間部の土砂の処理のいい加減さを指摘されながら無視し、今その堆積した土砂がエヤワデイ川の水深を底上げ、今回の洪水災害に少なからず影響を与えているのではないか、という憶測もある。因果関係との確証はないが、ご自分たちの権益を守るために自然破壊をしていることだけは事実だろう。一体、この連中は何様のつもりなのか。大国づらしてアジア地域で引き起こす身勝手で、他者への思いやりが微塵もない行動と現象を見聞きするたび
に嫌悪感が増す。

寄付活動では世界一のミャンマー 義援金の行方に多少の懸念が

大国のエゴや思惑にさらされ、苦難の歴史を強いられてきたミャンマーだが、救われるのは、水害のニュースが流れ始めると、ヤンゴンの市民や災害を免れた地域の人々が間髪を入れずに支援に立ち上がったこと
だ。7年前のナルギス災害の時は、1か月半を経た時点でも被災者の半数以上が1日分の食料のストックさえままならず、極度の苦境に置かれたという。だから、この教訓が生かされたのか、行動に移す方が多かった。ヤンゴンの街角では学生などの若者を中心に、募金活動があちこちで始まった。むろん、ヤンゴン在住の日本人も立ち上がった。日本商工会議所を中心に善意の支援がスタートしたのだ(詳細はP15参照)。弊紙もスタッフのミャンマー人リーダーからすぐ支援の声が上がり、グループ会社や関係者の協力を得て、今、毎週支援物資を被災地にお届けしている。
 聞くところによると、寄付やチャリテイーに対して、世界で最も熱心に活動する民族は、米国とミャンマー人だそうである。所得水準や寄付への税の優遇がある前者なら別にとりたて驚くこともないが、日給400円にも満たない国の人々が苦境にあえぐ人間たちへ懸命に支援しようとする姿には心を打たれる。しかし、多少気がかりなのは、こうした血と汗と涙の結晶ともいえる浄財が、本当に支援を必要としている人々のもとへ届くかどうか、ということだ。統制の取れたきちんとした組織ならまだいざ知らず、少々うさん臭さを感じる人々が募金活動をしている光景を時々目にすると、老婆心ながらそんな危惧を憶えるが。
 2011年3月の東日本大震災の時、世界各国からの支援が殺到したが、災害発生からわずか3週間後に、時のミャンマー政府は哀悼の意を表し、すぐに10万ドルの義援金を贈ってくれた話はあまり表面化していない。そして、日本在住の多くのミャンマー人たちが被災地へ駆けつけ、ボランティア活動をしてくれた事実も、私たちは忘れてはならない。

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