◎ミャンマー伝統衣装に魅せられてわずか8年で全国に販売網を築く Ma Nwe Ni San ヌエ・二・サン さん 「New Oo Yin Burmese Traditional Shop」 Owner Silk , Cotton Burmese Style Cloths Distribution 「ニュー・ウー・イン・ビルマ伝統衣装店」オーナー

夢は日本に店舗を構えてロンジーの素晴らしさをアピールすること

目次

民族衣装の着用率が群を抜く 意外と奥が深いファツション

ミャンマーを初めて訪れた方がまず驚くのは、民族衣装である「ロンジー」の着用率の高さだという。正確には女性用は「タイメン」で、男性用のことを「ロンジー」と呼ぶが、この民族衣装は通勤、通学などでは日常化し、冠婚葬祭やパーティ、公式行事などでは必ず着用する慣習が今でも根付いている。 日本では和服が伝統衣装だが、ミャンマーの着用率は日本の比ではない。隣国の首都バンコクでさえ、民族衣装の人間は街中ではほとんど見かけなくなった。その点、ミャンマーでは今でもきちんとした場所では必ずロンジー着用が絶対的なマナーで、洋装で来る人はまずいない。それだけにロンジーを扱うお店はヤンゴン市内だけでもかなりの数に上っているが、デザイン、品質などによって差があり、まさにピンからキリまでの多様な店が混在している。
 今回お招きしたヌエさんの店は、ヤンゴンではかなり評価が高く、伝統衣装にこだわるミャンマー人の間では厚い信頼を得ている有名店である。
 「ミャンマー女性は12,3歳ころになるときちんとしたロンジーを着用するようになります。俗にいう女性らしさを意識する年ごろで、ロンジーを着ると歩き方も制約され、おしとやかになるのです。私はそうした年齢になる以前の子どものころからこのロンジーが大好きでした。」
 我々外国人の目から見ると、ロンジーはバリエーションが限定されているように思えるが、彼女によれば、実際はスタイルの変化や柄の流行などで、かなり奥の深いファションなのだそうだ。
 「女性の場合、『タメイン』と呼ばれる筒状に縫った布を腰に巻きつけ、上半身にはブラウス『インジー』をまとうのが基本です。上下とも身体の線にそったスタイルが最も美しいとされています。そのため仕立ててもらうケースも多いのですが、うちでは私がデザインしたロンジーを100着くらい作り、ヤンゴンだけでなく、地方にも卸しています。」
 かってロンジーの流行を支えていたのは織物会社だったという。大手の織物会社が流行の柄を決め、ファッション雑誌に掲載してもらったり、スターや有名人に贈呈して宣伝を依頼したりしてきた。仕立屋さんではそうした雑誌やモデル写真を用意し、顧客が持参した布に合うデザインを提案していたという。
 「今ではFBなどで流行している情報が素早く伝わりますが、昔は口コミで広まりました。たとえば、2014年に爆発的に流行したダーク系の細い縦縞は、2012年頃から少しづつ出はじめ、流行のピークを迎えたのは2014年の半ば頃でした。次に流行した鮮やかなマドラスチェック風の格子模様ような経緯をたどりました。色に関しても、結婚式などでは黄色が主流でしたが、最近では水色の柄も珍しくなくなりましたね。」

バゴーの本店を8年で自社ビルに 3年前にヤンゴンへ進出

ヤンゴンのシュエゴンダイ交差点からほど近い一等地にあるヌエさんのお店は支店である。8年前にバゴーに初めてビルマの伝統衣装店をオープンして、その本店は繁盛し、今では4階建てのビルになり、上階にはジムまであるという。
 「大学を出てから何か仕事をしたいと思っていました。でも技術もないし、女性にできる仕事も限られていましたから、子どものころから好きだった伝統衣装のお店が出来たらいいなと、考えたのです。」
 それでまず縫製学校へ通った。一通りの技術を習った。と同時に開店資金をためるためにツアーガイドの仕事をつづけた。そうして31歳の時に、念願の店を開くことができた。
 「でも、最初の1年くらいは大変でした。まず素材を集めるのには苦労しました。そして自分でデザインや柄を考えて10着ぐらい作るのですが、全然売れない。在庫が増えて苦労しました。それでビルマ族以外の地域の伝統服店に卸すことを考えたのです。マグウェイ、ザガインやモーラミャンなどの地方都市へ送ったのです。」
 結果的にこれが当たった。デザインや柄を気品のあるものに変え、色彩も落ち着きのあるものにした。そして評判を聞いた地方の店から徐々に注文が来るようになった。ミャンマーでは各民族がそれぞれ独自の民族衣装を持っているが、地方でもビルマ族のロンジーは人気が高く、100着単位での注文が舞い込んだ。
 「バゴーの本店では、10人単位のグループが10ぐらいできています。それぞれリーダーを設けて計100人で縫製製造を行っています。価格的にも6千~1万8000Ks,上下揃って1万2千~10万Ksという設定にしています。ですからバゴーの店は忙しくなりましたね。店舗を広げ、母にも手伝ってもらうようになりました。地方の取引先ともしっかりとした販売システムができたので、3年目にヤンゴン進出を決めたのです。」

花柄など着物との共通点も多い 日本人客歓迎適切なアドバイスも

昨年ヌエさんは日本とシンガポールへ旅行した。自分へのご褒美だった。
 「日本の着物については前から関心がありました。着物のデザインにはロンジーと同じように花柄が多いという共通点もあります。しかも陳腐な柄はあありません。気品があります。だからロンジーを作るときの参考にもなります。」
 最近、日本では着物生地を素材にしてロンジーを作る工房が出来て、ミャンマー人の間で人気があるという。
 「それは知りませんでしたが、いい試みですね。ミャンマーのロンジーは絶対に衰退はしないですが、流行の速度は速くなりました。以前、子どもが好きそうなキャラクター柄と黒布をコラボさせたスタイルが流行ったり、緞子(どんす)のような織物に無地布を上下にあしらったデザインや、ブラウスにオーガンジーをあしらった柄など、最近は大胆なアデザインが増えてきたような気がします。」
 しかし、そうした流行の変節はともかく、ミャンマー人がかたくなに伝統衣装を守り、ほかのアジア諸国のように、洋服へと移行していかないのは何故なのだろうか。
 「やはりスーチーさんですね。彼女は外国へ行っても堂々とロンジーを着こなしています。そうした凛々しい姿にミャンマー人女性は憧れます。そしてロンジーの良さを再認識しているからだと思います。」
 その影響でもあるまいが、最近タイからの観光客がヌエさんの店に来てロンジーを買っていくケースも増えてきたという。しかしまだ日本人の客は少ないという。
 「私の夢は日本でミャンマーの伝統衣装店を開くことなんです。日本にも沢山のミャンマー人が行っていますし、日本人の方にもロンジーの素晴らしさを知っていただきたい。そして世界に広めていくことが目標なんです。」
 だから、もし日本の方がヌエさんのお店に行けば、その方に合ったロンジーを見つけてくれるという。そしていろいろなアドバイスもできるそうだ。ヌエさんのヤンゴンのお店は、シュエゴンダイ交差点から日本食店「ふるさと」方面へ150mくらい行った左側にある。

<Ma Nwe Ni San 略歴>
生年月日  ‐1978年7月29日
出身地   ‐ バゴー、
民族   - ビルマ族  血液型  B型
家族    ‐ 3人
趣味    ‐ デザインワーク
母の名前  ‐ DawKhinThet
夢   ‐ミャンマー伝統衣装とデザインを世界に広げたい。

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